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弁護士雑感

【弁護士雑感】痴漢事件について

 最近、痴漢を疑われた人が、ホームから飛び降りて線路上を逃走する事件や、ホームから転落して死亡するといった事件が相次いで起こっており、痴漢を疑われた場合に一体どの様に対応すべきなのか、様々な見解がネット上に溢れています。

 そこで、当職としても痴漢事件について、少し書きたいと思います。

 まず、前提の知識として、痴漢の被疑者とされた場合、一般的な流れとしては、駅員室へ連れていかれ、そこで警察官が来るまで待機させられます。そして、警察官に最寄りの警察署へ連れていかれ、そこで任意の取調べを受けます。取調べの際に嫌疑だけでなく、罪証隠滅や逃亡する恐れがあれば逮捕されて48時間以内に検察庁へ送られ、検察庁に送られてから24時間以内に、検察官が勾留請求(10日間の身柄拘束(10日間の延長が可能))をするかどうかを決定する、という流れになります。 

 一つ言えることは、実際に痴漢行為を行った人は、素直に自身の非を認め、被害者の方に謝罪すべきです。初動対応に誤りがなければ、逮捕までされずにすむこともあり、また、痴漢行為の程度と示談交渉の結果如何によっては起訴猶予処分(何ら処分が課せられない事)を得られる可能性も十分あります。私の経験上、服の上から触ってしまったという様に比較的軽微な痴漢行為の場合、被害者の方の多くは許せないという感情がある一方で、二度と関わり合いを持ちたくないという感情も有しておられる場合が多く、真摯に謝罪し、例えば同一時刻の車両には乗らない等、関わり合いを一切断つ旨の誓約をすれば、示談に応じて頂ける場合が多いように思います。

 したがって、一時の気の迷いから痴漢行為に及んでしまい、捕まってしまったような場合であっても、「このまま捕まったら人生が終わる」などと大袈裟に考えて、無理矢理逃げるという行為は避けるべきです。逃げる際に、誰かを傷つけるなど二次被害を発生させてしまうと、それこそマスメディアに報じられ、回復不可能な傷跡を残すことになります。

 

 問題なのは、身に覚えのない痴漢行為で被疑者とされてしまったような場合です。

 そもそも身に覚えがないと言っても、そのパターンは複数考えられます。

 例えば、自分としては故意的に痴漢行為を働いた訳ではないが、満員電車という窮屈な状況下において、何らかの接触行為はあったという様な場合です。この様な場合、不可抗力である点をきちんと説明することはもちろん大切ですが、それと共に相手方の言い分にもしっかりと耳を傾け、不快な思いをさせたかもしれない点については謝罪するという対応が良いように思います。痴漢をしたという事実を認める必要性はありませんが、相手の方もそれなりの勇気をもって告白しているわけですから、無下に否定すると事態が悪化する可能性があります。それでも相手の怒りが収まらないような場合には、警察官が来るまでの間、車内の状況はどういうものであったか詳細に説明できるように準備しておくべきです。

 他には人違い、すなわち犯人は別にいると考えられるような場合が考えられます。

 現在、痴漢行為については冤罪に対する意識が社会共通の認識として広まっておりますので、警察官や検察官も慎重に捜査する傾向にあり、被害者の方の一方的な証言だけを鵜呑みにするようなことはありません。そのため、御自身に身に覚えのない話なのであれば、冷静に当時の状況を思い出して、説明することが大切です。

 いずれにせよ、痴漢行為を行っていないにも拘らず犯罪者扱いされているわけですから、上記の様な冷静な対応というのは難しいと思いますが、時に人は、理不尽な話に対しては行き過ぎた自己弁護をしてしまう危険性がありますので、そこは注意が必要です。

 例えば、触れたかもしれないのに、「全く触れたことすらない」などと強くに否定してしまうと、その後、証拠により供述の矛盾が指摘され、御自身の供述の信用性に疑問を抱かれてしまう危険性がありますし、「自意識過剰なのでは?」などと相手を罵倒するようなことを言ってしまうと、相手から「絶対にあの人が犯人です。」などと、感情論で強硬に犯人扱いされてしまう危険があります。

 「自分は真犯人ではないのだから、いずれ分かってもらえる」という甘い見通しで、適当な話をしないことが大事です。

 なお、痴漢の疑いをかけられた場合に、「一度痴漢の疑いをかけられると被害者の証言が重視されるため、罪を免れるにはもはや逃げるという選択肢しかない」という中々大胆な見解もあるようですが、これはどうかと思います。

 確かに、逃げること自体は何ら罪を構成しませんが、通常この様な状況下において、冷静に逃げるということは非常に難しく、逃げる際に思わぬ行動を取ってしまう危険性があります。線路を走って逃げたり、周りの人を押し倒して逃げるなど、逃走行為自体が罪に問われるような逃げ方をすれば、本末転倒であることはいうまでもありません。どうしてもその日急ぎの用などがあるような場合であっても、無理矢理逃げるような形ではなく、きちんと警察官には事情を説明し、理解してもらえるように説得を続けるべきです。一見理不尽な話の様ですが、これは刑事事件の解決に向けての協力であり、ある意味、法治国家のルールともいえますので、当該ルールの中で最善の策を模索する必要があります。

 もし、知り合いに弁護士等がいるなら、もちろん弁護士を呼ぶべきですが、一般の方で弁護士の知り合いがいるという方はそれほど多くはないと思いますので、例えば職場の上司を呼ぶなどして、自身の身分を明らかにしたうえで、後日きちんと話し合いに応じる姿勢等を示す等の方法も有効だと考えられます。私が呼ばれて駆け付けた事件でも、被疑者の方は痴漢行為をしたことについては全面的に否認していましたが、身元も職場もハッキリしていたため、後日警察署に出頭することを約束し、その日の内に解放して頂いたことがありました。

 色々と書きましたが、電車に乗られる方は、いつ自分が痴漢であるとの疑いをかけられるかもしれないと意識しながら生活することが何よりの予防策であることは間違いありません。初動対応により、その後の結論は大きく変わってきます。自分がもし痴漢であるとの疑いをかけられたような場合には、慌てず、携帯電話でその場の状況を撮影する等、後に自身の疑いを晴らすための材料となり得るものを可能な限り揃える必要があるという事を頭の片隅にお置きください。

 

 最後に、私は、普段はそこまで混まない電車で通勤しているのですが、先日久しぶりに一歩も動けないほどの満員電車に乗りました。私の右隣には背の低い女子高生が乗っていましたので、私は背を向けるようにして、両手を吊革にかけましたところ、その女子高生の更に右隣にいた高齢の男性も同じ様に両手を挙げて、辛そうな顔をして立っておられました。

 その様子を見て男性専用車両というものも検討する時期に来ているのではと思った一日でした。

                                

<弁護士 松隈貴史>