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弁護士雑感

【弁護士雑感】器物「損壊」って?

 以前、渋谷のセンター街で落書きをしたとして、米国籍の方が器物損壊罪の容疑で逮捕されたとのニュースを見ました。

 器物損壊罪というのは、 「他人の物を損壊し、又は傷害した者は、3年以下の懲役または30万円以下の罰金もしくは科料に処する」と規定されている犯罪です。※1

 ただ、この短い条文の中にも実は意外と興味深い点が隠れており、今回はこれを機会に器物損壊罪とそれに関係するお話について書いてみようと思います。

 さて、器物損壊罪の条文は既に書いた通りですが、まず「損壊し」という部分について、一般的に思われている「損壊」の概念とは少し異なるということがあります。

 一般的な感覚からすると、「損壊」というのですから、物理的に破壊することを意味するのであろうと考えるのが自然なのですが、器物損壊罪における「損壊」はその様には考えられていません。

 ではどの様に考えられているかというと、「損壊」とは「その物の本来の効用を失わせることを言う」と考えられており、たとえ物理的には傷一つ付けていなかったとしても、その物の本来の効用を失わせるような行為は器物損壊罪に言うところの「損壊」に該当するものと考えられているのです。※2

 このような「損壊」概念の結果、次のような面白い判例や過去の事例が存在します。 

 例えばかなり古いのですが非常に有名な判例としては「飲食店で食器等に放尿したケースについて、器物損壊罪の成立が認められた」というものがあります。※3

 これは、食器に放尿されたとしても物理的に傷つけられたわけではなく、丁寧に洗えば再利用すること自体は不可能ではないものの、通常飲食のために使用する食器(しかも飲食店において客に料理を提供するために使用される食器)において放尿されたということは、その心理的な側面から見てもはや食器としてこれを使用することはできなくなった(すなわち効用が喪失された)ものとみなすべきであるというような判断によるものです。

 また、今度はかなり近年の事例なのですが、非常に有名なタレントが、さまざまな事情の下であったとはいえ自身の様子を携帯電話で動画撮影した第三者に対して、その携帯電話を取り上げて持ち去ってしまったケースで、警察により検察に対して事件が送致された(いわゆる「書類送検」)というものもあります。

 これは、携帯電話を持ち去ってしまったといっても、これを盗むつもりがあったといえないことから、窃盗罪は成立しないが(※4)、勝手に持ち去ってしまうことにより携帯電話を使用することができなくなる(携帯電話の本来の効用が失われる)ことから器物損壊罪を構成するという理解によるものです。

 なんとなくご理解いただけるとは思いますが、非常にテクニカルというか技巧的というか、悪く言えば屁理屈のような感じさえするロジックですが、法的にはまさに正しいロジックであるということができるものです。

  

 同事件が最終的に起訴に至ったのかどうかまではわかりませんが、このような非常にテクニカルなロジックを用いてようやく器物損壊罪を構成するとの結論を導けているということや、その損害も非常に軽微であることなどからすると、ほぼ間違いなく不起訴処分となっているものと思います。

 器物損壊罪における「毀棄」概念は、いわゆる机上の空論のようなテクニカルなロジックなのですが、それがそのまま現実社会においても運用されているという意味で、かなり興味深い条文であると思います。

 法律にはこのような面白いロジカルな条文がまだまだありますので、折を見てまた書かせていただこうと思います。

〈弁護士 溝上 宏司〉

※1 刑法261条

※2 このような考え方を「効用喪失説」などといいます

※3 大審院判決明治42年4月16日

※4 窃盗罪の成立には、「不法領得の意思」というものが必要であるといわれ

  ており、持ち去るだけのつもりだった場合にはこれが認められないためです