事務所発信記事

弁護士雑感

【弁護士雑感】海事代理士という資格

 現在日本には我々弁護士をはじめとして、いろいろな法律専門職があり、それに対応した国家資格が定められています。

その中には知名度の高い資格や知名度の低い資格などいろいろありますが、実は当職は弁護士登録後間もない時期に完全な個人的趣味の範疇として海事代理士というやや知名度の低い資格を取得しております。※1

 さて、この海事代理士という資格、青木雄二さんという漫画家の名作「ナニワ金融道」に落振県一という、なかなか強烈なキャラクターが登場し、彼が海事代理士であるということでご存知の方もおられると思います(当職がこの資格を知り、興味本位で勉強したのも彼がきっかけです)。

海事代理士という資格の取扱い業務は海事に関する申請や届出、船舶登録や登記、船員に関する労働関係の処理などといったものであり、俗に言われているように「海事に関する行政書士・司法書士・社会保険労務士」を兼ねたものといってよいものです。

 年末にあたり不用品の整理などをしていて海事代理士試験を受験したときの基本書や資料などが出てきたのをきっかけに、久しぶりに懐かしく思い返すとともに海事法務特有の法規定などの面白さなども思い出しましたので、今回は地上の法律関係とは少し異なる海上特有の法律について少しだけお話しさせていただこうと思います。

1 船長について

 船舶における「船長」は、船主などの船舶運航者との間で専任契約を締結することにより就任します。

 船長は国家試験に合格し、一定の海技免許を受けた有資格者でなければ選任されることが出来ませんが、さりとて最終的には船主などとの民間の契約によりその地位を与えられるものにすぎません。

 しかしながら「船長」には、非常に広範な私法上のみならず公法上の権限が付与されており、もちろん「法律に従って」という限界はあるものの、あたかも公権力と同様の強制力をもって海員や在船者などに接することが出来ます。※2

 また、私法上の権限としてみても、積荷処分権や船舶そのものの緊急売却権など、地上における最高レベルの権限を付与された受任者(例えば会社の代表取締役)などと比べても非常に大きな権限を有しています。

 これらは航行中(ないし船籍港外)の船舶が、地上から隔絶された「浮かべる領土」としての特殊性を有することや、かつては電信などの未整備もあって極めて遠方の海上にある船舶において船主の意思確認などが困難な場合が多いという事情があったからかと思われますが、船長に与えられた権限の大きさや広範さは、地上の法律関係ではちょっとお目にかかることのできるものではありません。

2 共同海損という考え方

 共同海損とは、大まかに言えば「船舶及び積荷を共同の危険から救出するために、船舶又は積荷に対して故意かつ合理的に非常処分がなされ、結果として船舶又は積荷の一部が保存された場合には、その非常処分によって生じた損害を共同海損として公平に分担する」というものです。※3

 これは、他人に生じた損害について何らの契約関係もないままに、分担する義務を負うというものであって、地上の法律関係においてはあまり想定できるものではありません。

 また、「船舶及積荷を」とあることからもわかる通り、人命救助を目的とした非常の処分に対しては共同海損は成立せず、一見人命よりも船舶・積荷の方を重視しているかのような規程であるということもやや珍しいものといえると思います。※4

 このような共同海損という制度については、おおむね「海損は通常巨額に上ることから個人のみに帰責させることは酷である」というものと、「陸上から隔絶された海上において航行する船舶の利害関係人は、一種の危険共同体として互いにその危険を共同すべきである」という運命共同体的発想などによるものといえますが、これも地上における考え方とはその根本が異なるゆえに、非常に興味深い特殊な規程であるといえるでしょう。※5

3 船員労務における特殊性

 船舶で働く「船員」については、労働基準法は原則として適用されず、代わりに船員法により労働関係も規定されるとされています。※6

 もちろん、労働基準法が適用されないといっても、代わりに船員の労働権や労働環境を守るために別途船員法において規定がなされているのですが、それでも労働基準法において「この法律は、船員法第1項に規定する船員については、適用しない」と正面から書かれてしまうと驚くのも事実です。

 また、では船員法において船員の労働権はどのように定められているのかというと、例えば一日当たり8時間労働とするところは労働基準法と同じなのですが、労働基準法が週40時間以内と定めているところ、船員法では「基準労働期間について平均40時間以内」と定めています。

 ここで基準労働期間とは何か・・というような話を始めますときりがなくなりますので割愛しますが、これは週休2日などを確保できるわけではない船員労働の特殊性から、基準労働期間(船に乗って業務に従事している期間と船に乗っていない休日の期間を合算した期間。イメージとしては「ワンクール」的なものと思えばよいかもしれません)について、平均して週40時間以内であればよいという規定ということになります。

 遠洋航海を行う船舶については数カ月間海の上ということもざらにあるわけですので、そのような特殊性からみた規定であるといえるでしょう。

 また、「船舶の航海の安全確保ために臨時の必要がある場合」には、上限なしで時間外労働をさせることが出来たり、「狭い水路を通過するため~当職の員数を増加する必要がある場合」などには上限はありますが時間外労働をさせることが出来たりもします。

 言われてみればなんとなく納得できるような気もしますが、地上の労働においては通常生じえないシチュエーションについて、かなり細かいところまで想定して規定しているなあというのが感想です。

 その他にも、傷病手当や予後手当、遺族手当などの規定が船員法には存在し、これらも労働基準法にはない特殊なものです(なお、これは労災保険に対応する船員保険とは別の規定です)。

 この点については、やはり海上での勤務となる船員労働の危険性に配慮した特別な定めがなされているものといえるでしょう。

 以上、列挙させていただいたものは地上の法律関係における基本的な考え方とは大きく異なるものであり、特に興味深いものなのですが、海上法務の特殊性はまだまだたくさんあり、地上の法律について多少なりとも勉強をした後に見れば、特に興味をそそられるものといえると思います。

 大阪という土地柄、当職は海事代理士資格・知識を活用できるようなご相談をお受けしたことはありませんので、今のところ完全な趣味の領域であったということになります。

 しかし、法律の勉強というものはそれ自体楽しいものでもあり、今後は新法や改正法も含めて勉強を怠ることなく新年も研鑽を重ねていきたいと思いを新たにした次第です。

※1 たしか弁護士登録3年目頃だったと記憶しています。

※2 海員に対する指揮権・在船者に対する命令権(船員法7条)、危険に対する処置権(同25条~27条)、海員に対する下船命令権(同28条)、航海中の出生に対する戸籍法上の権限(戸籍法55条)など

 これらを船舶権力などと呼称します。

※3 商法788条以下

※4 その他にも人命救助よりも積荷の保護を優先したかのようなものに「海難救助」というものもあります。

※5 ただし前者の理由については例えば失火責任法などに同様の思想の痕跡が見られると思います。

※6 労働基準法116条

〈弁護士 溝上宏司〉