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弁護士雑感

【弁護士雑感】表現の自由について

 最近、表現の自由について、いろいろと考えさせられるニュースが相次いでいます。特に、有名な音楽グループであるRAD WIMPSの曲である「HINOMARU」について、これが過度に愛国的であるとか、軍国的であるとか、軍事賛歌であるとかいう批判があふれているようです(もちろん、RADに賛同的な意見も多数見かけますが)。

 当職としては①「HINOMARU」は取り立てて軍国的な曲とは思わないが②過度に軍国的(特に戦争賛歌につながりかねないもの)な表現は好ましくない③ただし表現の自由との関係では軍国的(たとえ戦争賛歌につながりかねないもの)な表現であっても言論市場の評価にゆだねられるべきであり同表現行為そのものを禁止したり、内容に対して反対意見を述べるのではなく表現行為そのものを非難するべきではないと考えているものですが、このような考えをお持ちいただけない方も多くおられるのだなあと思っています。

 そこで、少し大上段に構えた話ではありますが、今回は「表現の自由」というものについて、少しお話をしてみたいと思います。

 現行の日本国憲法上、「表現の自由」というものは非常に強く保証されており、いわゆる「公共の福祉」による制限は許されていませんし、表現の自由を制限しうる場面について非常に限定的にしか認められないというのが憲法学の解釈および判例上の常識といってよい考え方です。

 これは、表現の自由は適正な民主政治の根幹を支える人権であり、一度不当な侵害を受ければ、適正な民主政治というものを維持する前提が崩されてしまうこととなり、民主制の過程では回復することがおよそ不可能となりかねないという理由や、行政権その他の公権力による表現の自由への侵害を安易に認めた結果、国民の人権侵害そのものに対する歯止めを失い、基本的人権の保証を失ってしまったという歴史の反省に基づくものです。

 また、他人の権利を侵害するような表現行為や、商業的表現、その外いわゆるアダルティな表現など、表現行為には一見すると「民主政治とは無関係」なものもたくさんあるのですが、これらについても基本的には「表現の自由」と一括りにして考えられます。

 これは、表現の自由について、その表現内容や目的を理由として価値(要保護性)について高下をつけてしまえば、価値の低いといわれるような表現行為への制限を容易に許すこととなり、それを足がかりとして、なし崩し的にいずれは価値の高い表現行為までもが侵害の対象となるというような事態が生じることを懸念したものといわれています。

 その意味で、日本においては表現の自由については少なくとも「表現内容に着目した制限は原則として許されていない」ものといえます。※1

 これとは異なる考え方に、いわゆる「闘う民主制」と呼ばれている考え方もあります。

 これは有名な国ではドイツなどで採用されている考え方で、大まかにいってしまえば「民主主義を否定する自由(権利)は認められず、民主主義を否定する表現の自由はこれを認めない」というものです。

 この闘う民主制が採用される国では、ナチズムやファシズムといった民主制を否定する考え方については表現の自由が保障されず、その結果、たとえ合法的な方法であったとしても民主主義を否定することは許されないということとなります。

 これは、ある意味では「民主主義」というものとより強固に守ることが可能となるものではありますが、他方において「何をもって民主的というのか」という点が必ずしも明確ではなく、時の政権や権力者の解釈次第で濫用の危険性があり、それこそ「民主主義を破壊する武器とされかねない」との虞があり、かつそもそも権力が国民に(たとえ非民主主義的な考えであっても)ある表現行為についてその表現の自由を否定するということはそれ自体「民主的ではない」のではないかという指摘もなされており、採用している国は決して多くありません。※2

 そして日本もまた、この「戦う民主制」は採用していません。

 今回の「HINOMARU」に対して批判的な方々の中には、その内容について批判するにとどまらず、表現そのものについても許されるべきではないと考えておられる方もいるようで、すでに販売されているCDの回収や今後の楽曲の使用停止などを求めるという方までいるとのことです。

 しかし、このような方々が、仮に本当に「HINOMARU」は軍国的であり民主主義国家である日本において表現の自由の行使として認められるべきではないと考えておられるのだとすれば、それは大きな誤りであり、むしろそのような「表現の自由について表現の内容に着目して表現行為そのものを禁止しようという考え方こそが、民主主義が否定され基本的人権が否定される社会への蟻の一穴となりかねないものである」ということをご理解いただきたいと思います。

※1 名誉棄損的表現などにおける出版差し止めなどにおいてごく例外的に制限が許されるケースもありますが、その要件はとても厳しいものであり、現実問題として裁判所による事前差止が認められるということはほとんどありません。

※2 ドイツなどでは過去のナチズムという強烈な体験への反省から、このような「戦う民主制」を採用したものといわれています。

〈弁護士 溝上宏司〉