2023/06/12 弁護士雑感
【弁護士雑感】法的紛争の場におけるペット その1
動物愛護の考え方が広まり、また動物愛護法の改正などもあり、ペットに関する世間の取り扱いは変動を迎えていますが、とはいえ現在の法律では犬猫をはじめとしたペットには独立した人格や権利が認められているわけではなく、あくまで「法律上」は「物」であることが前提とした取り扱いがなされます。
今回は、そのようなペットについて、「ペットを巡る法律問題」ではなく、「法的紛争の場におけるペットの取り扱われ方」について、現実的な「実務上の観点」も加えながら、少しお話をしてみようと思います。
1 交通事故の場面におけるペットの取り扱われ方
- ペット自身が自動車に撥ねられてしまったというようなケースはもちろんですが、例えばペットと同乗中の車が事故に遭ってしまった場合などにおいても、交通事故によりペットに被害が生じるということは決して少なくありません。
その場合、ペットに生じた被害については「自動車事故における車内の物品に被害が生じたもの」として、「物損事故」の一部として処理されることとなります。
そのため、事故時に車内にあったスマホや腕時計などが事故により壊れてしまったというようなケースと同様に扱われることとなります。
- 物的損害の場合、損害賠償額は修理できる場合には修理費用、修理不能(全損)の場合には「壊れたものの時価相当額」に限られます。
なお、客観的、技術的には修理が可能であるが、修理のためにはそのものの時価相当額を超える費用が必要である場合、「経済的全損」といって、修理不能(全損)と同様に扱い、損害賠償額の範囲は「壊れたものの時価相当額」に限られることとなります。
また、基本的には「物の損壊」に対して、裁判所は損害賠償として慰謝料を認めるということはありません。
よく引き合いに出されるのが、両親や祖父母の形見の品を破壊されたケースにおいて、被害者が「形見の品が壊されたことに対する慰謝料請求を行ったケース」などですが、このようなケースでも基本的には慰謝料請求は認められないというのが裁判所の判断ということになります。※1
ただし、「壊れた物品がたまたま形見の品だった」という場合ではなく、「形見の品であることを十分に知りながら、被害者に精神的なダメージを与えるために形見の品を破壊した」というような場合には、相応の慰謝料が認められることになるといえます。ただし、これは「形見の品を壊すのは被害者に対して精神的苦痛を与えるための手段」に過ぎないからであり、物的損害について慰謝料を認めたというよりも、精神的苦痛を与えるための加害行為に対して、受けた損害(精神的苦痛)に相当する慰謝料の支払いを認めるというものであって、「物的損害に対して慰謝料の支払いを命じる」というものとは少し違うお話になります。
その他、非常に微妙なケースになるとは思いますが、「事前に大切な形見の品であるということを告げられ十分に理解していた物品」を誤って壊してしまったケースなどでは、具体的な事情によっては慰謝料の支払い請求が認められる可能性が全くないとまでは言い切れないとも考えられます。ただ、このようなケースでも基本的にはやはり物に対する慰謝料は認められず、「過失により壊した側が配達の専門業者である」とか「わざと壊したのと同視できるような重過失がある」というような事情が必要となると思います。※2
もっとも、形見の品とは異なり、ペットの死亡に関しては一部の裁判所では慰謝料の支払いを命じる判決も見受けられるようになってきていますし、昨今の社会情勢もそれを後押しするものと見えます。このような社会情勢の変化は「ペットに対する一般人の認識の変化」を意味しますので、裁判所としても「ペットが死去した場合には大きな精神的苦痛を受けるのは社会通念上明らかであり、かつ加害者はそのことを十分に理解認識していた(なぜなら社会一般の認識だから)」というロジックを採用して、ペットの死亡に関して慰謝料請求が認められる方向へ変わっていくかもしれません。※3
- さて、このような理解を踏まえて、交通事故の場面におけるペットに対して生じた損害がどのように扱われるかを考えると、次のようになります。
ア 不幸にしてペットが亡くなってしまった場合、受けることができる損害賠償はペットの時価相当額ということになり、具体的にはペットショップ、ブリーダーからの購入費を基礎として算出される価額となる。※4
イ ペットに大きな傷害や後遺障害が生じ、多額の通院治療費が必要となった場合でも、基本的にはペットの時価相当額を超える部分については損害賠償請求ができない。※5
ウ ペットが亡くなったとしても、基本的には慰謝料請求の対象となることはない。
ただし、具体的に事情如何によっては慰謝料請求が認められる可能性が全くないとまでは言えない。※6
- 犬・猫・あるいはそれ以外の動物をペットとして飼っている方からすると、現行法の下でのペットの取り扱いは少なくとも心情的には受け入れがたいものでしょう。
これから法律や裁判所の判断傾向がどのように変わるのかはわかりませんが、現時点では飼い主である我々が、ペットの安全に責任を持つ必要がある・・というのが交通事故の場面からみたペットへの関り方ということになります。
さて、いかがでしたでしょうか。
本来はこのあと
2 離婚紛争の場におけるペットの取り扱われ方
3 相続の場面におけるペットの取り扱われ方
4 刑事事件の場におけるペットの取り扱われ方
などについてもお話をさせていただくつもりだったのですが、予定よりも長文となってしまいましたので、本稿はシリーズものとさせていただき、次回以降にお話をさせていただくことにいたします。
〈弁護士 溝上宏司〉
※1 そもそもの話として、ある物品が「形見の品」であることを立証できるのかという立証の問題も大きいです。単に故人の生前の所有物であったというだけでは「形見の品」とは認められないといえます。
※2 このような事情があって初めて「わずかながら可能性が出てくる」という程度になると思われます。
※3 今後・・という意味です。現時点では一部判例は出てきていますが、まだまだペットの死亡に慰謝料を認める判断は稀です。
※4 「ペットの時価相当額」という考え方自体があまり好きではありませんがやむを得ない計算となります。
「物」としてみると成長したペットは平均余命が減じているわけですので購入時よりも価値が下がるとも言えますが、成長により「物」としては能力や生命力が増していますので価値が増加しているともいえます。
購入時価額を基礎として、多少の修正を行うということになるのが多いと思われます。
※5 経済的全損と看做される可能性が高いという理由によります。
※6 これは判例などがあるわけではなくある種の思考実験に近いですが、よくある「ペットが乗っています」というようなステッカーは、もしかすると慰謝料請求が認められる可能性をわずかながら高めるかもしれません。