2016/06/01 弁護士雑感
【弁護士雑感】自転車事故でも交通事故です
通常、皆さんが「交通事故」といわれてイメージされるのはやはり自動車事故であろうと思います。
しかし、昨今自動車だけではなく自転車による交通事故が大きな問題となってきているように思われます。
むろん、これは自転車による交通事故が増加しているというだけの理由によるものではなく、自転車による交通事故に対しても社会の耳目が集まるようになり、ニュースとして報道されることが多くなったという理由もあると思います。
しかし、近年自転車事故の件数や、自転車事故の中でも重大な結果が生じるような事故の件数が増加してきていることもまた事実であるといえましょう(※1)。
このような社会情勢を受けてか否か、当事務所のある大阪においては、平成28年4月1日から大阪府自転車条例(※2)が施行され、同7月1日からは大阪府下における自転車利用者は自転車損害賠償責任保険等への加入が義務付けられることとなりました。また、大阪以外でも、例えば兵庫県では少し前から自転車利用者に保険加入を義務付けているようです(※3)。
自転車による交通事故であっても、原則として自動車による交通事故と法律上の責任についての考え方は異なるものではありません。
民事上の責任としては、自動車による交通事故であっても自転車による交通事故であっても、法律上は民法709条の不法行為責任の問題となり、事故の発生に責任があり、発生した結果との間に因果関係が認められるのであれば、同様に賠償責任を負うものとなります。
もちろん、自動車の運転は他人の生命身体を害する結果を生じさせる虞が高いものであり、自動車の運転を行う者には高い注意義務が課せられますので、過失の程度や過失割合を考える際に、自動車の場合と自転車の場合で全く同じということはないでしょう。
しかし、自転車を運転するにあたっての通常要求される注意義務に違反し、交通事故を起こしてしまった場合には、非常に大きな法的責任を負うことになるということもまた事実なのです。
比較的著名な判例としても、夜間に小学生である子供が時速約20キロから30キロという(自転車としては)高速で自転車を走行させ、被害者に衝突したという事例について、当該子供の親に対し、合計でおよそ9500万円の支払いを命じたものがあります(神戸地裁平成23年(ワ)2572号)。
もちろん、このような高額の賠償が認められたのは、事故により生じた結果がいかにも重大なものであったからですが、自転車は自動車には及ばないとはいえ一定の重量があり、これを高速で走行させている際に事故が起こると、死亡事故やそれに類するほどの重大な結果が生じることも決して稀なケースではないのです。
また、自転車事故特有の問題として、自転車には自動車の場合と異なり、自動車責任賠償保険(いわゆる自賠責)への加入義務(及び未加入の際の罰則規定)がありません。
自賠責保険があれば、最低限度の賠償は保証されているものということが出来るでしょうし、極めて重大な事故は別としても、相当程度の事故までは加害者自身が賠償金のねん出のためにすべてを失うというようなことも回避することが出来ます。しかし、自転車にはこのような自賠責保険への加入義務などはありませんでしたし、そもそも自転車に対応する自賠責保険に類する保険制度なども存在していません。
そのため、自転車による交通事故が発生した場合には、加害者が自らの財産のみをもって損害賠償を行う必要があり、加害者が不誠実な場合や誠実ではあるが資力に乏しい場合などには、結果として被害者は十分な賠償を受けられず、加害者もその賠償責任の大きさに押しつぶされてしまうということもまま見受けられたように思われるのです。
これは、被害者はもちろんのこと、加害者にとっても重大な問題であるといえるでしょう。
このような被害者加害者双方の不幸な結末を少しでも緩和するためにも、自転車利用者が任意保険である自転車責任賠償保険に加入するということは大きな意味があるといえるでしょう(※4)。
また、 刑事上の問題としては、自転車の運転中に事故を起こしてしまい他人を死傷させると、過失致死傷罪(刑法209条、210条)・重過失致死傷罪(刑法211条)・業務上過失致死傷罪(刑法211条)などに該当し得るものとなり、自動車については自動車運転過失致死傷罪が独立の法律として規定されたために若干の違いはあるものの、一般的な理解としては大きく異なるものではありません(※5)。
もっとも、これまでは自転車については業務上過失致死傷罪が適用されるということはなく、加えて重過失致死傷罪の罪責が問われることもあまりなく、実際には過失致死傷罪の罪責が問われるにとどまることが多かったといえます。
これは、業務上過失致死傷罪における「業務上」とは、「人の社会生活上の地位に基づく行為で、反復継続して行われるものであって、類型的に他人の生命身体に対する危険を有するもの」と解釈されているところ(※6)、自転車の運転は一般に走行速度が低速であることやその重量や大きさなどからして「類型的に他人の生命身体に対する危険」を有するものとまではいえないと考えられているからであり、また結果としてこれと同様の罪責(条文も同一です)を問うことになる重過失致死傷罪の適用についても謙抑的な考え方が主流であり、余程の過失でない限りは重過失致死傷罪の適用を避けてきたからということが出来ます。
しかし、上記の自転車条例の制定や保険加入の義務化などは、自転車運転に「他人の生命身体に対する危険」が存在していることを前提としているものと考えられ、さらに近年は自転車の性能の高まりやいわゆる電動アシスト自転車の普及などにより、従来よりも大幅に重量が増加した自転車が高速で走行することが容易になっています。
このような社会の変化に鑑みれば、今後は自転車の運転に厳しい目が向けられ、重過失致死傷罪が適用されることが増加すると共に、自転車の運転にも「類型的に他人の生命身体に対する危険」が存在するものとして、業務上過失致死傷罪が適用されるようになるということも、決して空想の産物とはいえなくなっているといえます。
自転車は大変に便利な乗り物であり、改良や新製品の開発などによりますます便利になりつづけているものですが、それ故に自転車の利用にあたっては、自転車の運転は「軽車両」という車両の運転であり、十分な注意と安全確認を行わなければならないということをお考え頂ければと思います。
※1 国交省および警察庁の統計によると2000年に1827件であった自転車対歩行者の事故件数は2010年には2760件と約1.5倍に増加しています。
※2 大阪府自転車の安全で適正な利用の促進に関する条例(http://www.pref.osaka.lg.jp/dorokankyo/osakajitensha/)
※3 大阪府でも兵庫県でも、罰則は規定されていません。しかし、単なる「努力規定」ではなく「義務」とされていることは重要な意味があります。
※4 ただし、当職は同保険加入を条例で義務付けることを手放しで称賛するものではありません。もちろん当職は保険加入していますし自転車利用者は保険に加入すべきと考えますが、罰則規定がないとはいえ「義務」として条例で強制するべきか否かについては未だ結論をだせていません。
※5 「理論上は」という意味です。従前業務上過失致死傷罪が適用されていなかったことは本文のとおりです。
※6 (最高裁昭和60年10月21日)
なお、「類型的に」というのがキモです。「類型的に」とは「当該行為が一般的に備えている性質として」というような意味で、個別の自転車運転行為が他人の生命身体に危険を及ぼすようなものであったか否かとは関係がないのです。
<弁護士 溝上宏司>