弁護士雑感

2017/02/24 弁護士雑感

【弁護士雑感】残業について

 昨年、某大企業の女性社員が自殺で亡くなった事件において、直前に残業時間が大幅に増えたことが原因だとして労働基準監督署(以下「労基」)は労働災害(以下「労災」)の認定をしました。

 残業の問題については、当事務所でも使用者側からの御相談、被用者からの御相談を共にお受けいたしますので、今回は残業について少し書きたいと思います。

 まず、基本的な知識の確認ですが、労働基準法32条には、使用者は、労働者に、休憩時間を除いて、1週40時間を超えて労働させてはならず、かつ、1日8時間を超えて労働させてはならない旨が定められています。この話を聞くと、「うん??自分は8時間以上普通に働いてるけど、そもそも8時間以上働かせること自体が法律違反なの??」と首を傾げられる方も多いかと思います。

 しかし、これはあくまで原則で、例外として、災害・公務による臨時の必要がある場合、及び、労使協定(労働基準法36条に規定されていますので、36(サブロク)協定と呼ばれています)が締結されている場合には、前記の法定労働時間を超えて労働をさせることも認められています。ただし、この時間外労働については割増賃金を支払わなくてはなりません。

 したがって、「残業」と一言に言っても、法的には、割増賃金が発生するものとしないものの2種類に分けられることになります。例えば9時から16時までの勤務形態である人が、17時まで残業させられたとしても、法定労働時間の範囲内(法内超勤)ですので、割増賃金は発生しませんが、仮に上記勤務形態の人が18時まで残業させられた場合には、法定労働時間を1時間超えている部分(法定時間外労働)に対しては割増賃金が発生することになります。

 

 では、労使協定等の法所定の要件を満たせば、幾らでも使用者は労働者を働かせることができるのでしょうか。

 この点、労働基準法36条2項には、「厚生労働大臣は、労働時間の延長を適正なものとするため、前項の協定で定める労働時間の延長の限度、当該労働時間の延長に係る割増賃金の率その他の必要な事項について、労働者の福祉、時間外労働の動向その他の事情を考慮して基準を定めることができる」と規定しており、残業時間は青天井というわけではなく、厚生労働省の通達により一定の上限が設けられています。

 しかし、かかる基準はあくまで行政指導の根拠となるものにすぎませんので、実は、日本には法定時間外労働の上限に関する絶対的な基準というものは存在しないのです。そのため、最近になり、ようやく政府も残業時間の上限を明記して労働基準法を改正する方針を固めたと聞いています。

 実務の話に移らせて頂きますが、裁判等において、使用者側に残業代の支払いを求めた場合、最も問題となるのが、当然、労働時間です。タイムカード等で労働時間がしっかりと管理されている会社ばかりではありませんので、様々な方法で、労働時間を立証することになるわけですが、少なくとも被用者の証言しかないという状況ではかなり厳しい争いになります。

 証言以外に労働時間の立証の証拠としてよく用いられるのが、日記帳など被用者御自身が作成された記録ですが、この様な記録は後からでも適当に作成することも可能ですので、どうしてもその信用性が問題となります。したがって、このような記録を証拠として残しておく場合には、その信用性を担保するために、様々な工夫をしておく必要があります。例えば、時間は分単位まで正確に記録しておき、なぜそのような時間まで残業することになったのか等について、細かくその日にあったことの記載等がなされていれば、後から作成された可能性が低くなるため、その記録の信用性は高まることになります。また、証拠作りをしておくという観点からは、会社でパソコンを日常的に使われる職種の方であれば、退社する際に、ヤフーのトップページ等の随時情報が更新される画面を開き、開いた状態のパソコン画面を携帯等で撮影し保存しておくと、あとで労働時間が争われた場合に非常に有益な証拠となります。後から作り出すのが不可能若しくは困難な証拠というものは、必然的に証拠価値が高くなります。

 他にも、各自のセキュリティカードが与えられている場合には入退出の履歴を取り寄せたり、運送関係の仕事などでは、トラックのデジタルタコメーターの記録(膨大な量になりますが・・・)を書面化して提出するなど、様々な方法で労働時間の立証をしていくことになります。

 また、仮に出社時間と退社時間が立証できたとしても、相手方からは、「仕事はしておらず、労働時間ではない」との主張がなされることもよくあります。確かに仕事もせずに、単に会社に居ただけなのに、残業代を支払わなければならないとすると、それはそれで理不尽な話です。

 しかし、会社にいたということで、労働していたという事実はほぼ推認されることになりますので、被用者としては大枠何をしていたのかについて説明できれば十分であり、基本的には使用者の側で、被用者が仕事をしていなかったという事実を立証していく必要があります。

 前述の女性社員の勤務状況としては、月に105時間程度の残業があったと労基が認めたようですが、労基が認めるのは最低限証拠等から認められる時間ですので、実際はもっと長時間の残業が課せられていたのではないかと私は推測しています。

 私が御相談をお受けしたものの中には、最高で残業時間が300時間に迫る異常なものも存在しました。この御相談者は、そのような過酷な労働条件により職場で倒れてしまうこともあったそうで、最終的には鬱病に罹患してしまい、暫く働くことができないまでの状態になりましたが、労基は、「証拠がない」との理由で多くの残業時間を認めてくれなかったと嘆いていました。

 

 近年、残業代に関する御相談は増加傾向にあると思いますが、使用者に対し、残業代の請求をされる方というのは、使用者と決別する意向を固めた方がほとんどであり、まだまだ使用者の元で今後も継続して働く意思をお持ちの方は、残業代が支払われず、そのような対応が違法であるとは分かっていても、使用者との関係に配慮し、「仕方がない」と諦めているのが実情であるように思います。

 そのような被用者の方の非常に苦しい胸の内は容易に理解できるところではありますが、社会情勢が目まぐるしく変化する現代社会においては、いつどのような形で使用者の側から一方的な裏切りを受けるか分かりませんので、自己防衛の意味でも、現在、法定時間外労働を強いられているような場合には、今後請求するか否かは別として、証拠だけは必ずしっかりとしたものを残しておかれるべきだと思います。 

 最後に、残業代請求権については、給料の支払日より2年間という比較的短期間で時効によって消滅してしまうということは重要ですので、忘れないで頂きたいと思います。               

<弁護士 松隈貴史>

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