弁護士雑感

2021/09/01 弁護士雑感

【弁護士雑感】電動キックボード・自転車

以前「電動自転車という乗り物」というタイトルで、近年いわゆる「電動アシスト自転車」ではなく、完全にモーターの力のみで自走する「フル電動自転車」がそれなりに普及してしまっており、いろいろと問題が生じつつあることをお話いたしました。

 

フル電動自転車は基本的には「原動機付自転車(原付)」であり、原付と同様に①車両登録を行い②自賠責保険に加入し③ヘルメットを装着し④原付免許を有した上で⑤交通法規に従い車道を走行する必要があるものですが、現在見受けられるフル電動自転車の「ほぼ」すべては上記のような「原付」としてではなく「普通の自転車」に偽装して歩道を走行しているものばかりです。

 

そして、最近、このフル電動自転車と同じようなものとして、「電動キックボード」が知名度を上げてきました。

電動キックボードについては、色々と法改正が検討されているという報道が散見されていますが、少なくとも現時点においては上記フル電動自転車と同様に原動機付自転車に分類されるものであり、公道上で適法に使用するためには上記①ないし⑤などの規制に服する必要があります。

しかしながら、現在街中で見かける電動キックボードについても「ほぼ」すべてが上記のような規制に服することなく、歩道を走行しており、しかもどちらかといえば信号機等の遵守さえ疎かなケースが多いように見受けられます。


さて、このような現状ですが、先日8月26日、東京新宿在住の23歳女性が、電動キックボードで無免許運転・信号無視の上、タクシーに衝突して同乗者にけがをさせたとのことで自動車運転死傷処罰法違反(無免許運転危険運転致傷)の罪で送検されたというニュースがありました。

ニュースでは「赤信号をことさらに無視して直進」との表現が強調されていることからすれば、おそらく同法第2条7号および第6条(無免許運転による加重)違反の嫌疑かと思いますので、「法定刑は懲役6月以上、15年以下」となります。

さらにこれに加えて自賠責未加入について自動車損害賠償法違反、整備不良として道路交通法違反の二つの嫌疑も加えられているとのことですので、併合加重されることとなります。


無免許運転による加重ですが、通常、刑の下限が記載されていない場合には刑の下限である「1月以上」ということになりますので、無免許運転の場合には刑の下限が問答無用で6月以上に引き上げられているということになります。

 

上記の事故では、被害者にけがはあまり重くないようで、むしろ運転していた23歳女性の怪我の方が重いほどですので、被害者(タクシー運転手や同乗者)との間で示談が成立すれば、まず不起訴(起訴猶予)として扱われるのではないかとは思いますが、それでも警察記録上は「前歴」として残ります。

また、被害者と示談をするためには当然被害者に対して損害賠償を行う必要がありますが、怪我の治療費・通院慰謝料・通院交通費・休業損害などの人的な損害賠償に加え、タクシーに与えた物的損害の賠償も必要です。

なお、この女性が任意賠償保険に加入しているとも思えませんし、仮になにがしかの保険(例えば医療保険等)に付帯しているものとして日常損害賠償保険などに加入していたとしても、このような事故では保険の対象とはなりませんので、上記人的損害賠償・物的損害賠償はすべて自分の資力で支払う必要があります。

このことを考えれば、この女性には非常に大きな責任が課せられたものといえ、おそらくは安易な考えであったと思われる「電動キックボードによる公道走行」の代償としては非常に大きなものといえます※1

 

上記しました通り、現在電動キックボード(フル電動自転車も)については、法改正や車体への出力制限、ナンバープレートを隠す機能の搭載など、色々なアイディアや検討がなされ、新しい移動手段として社会に定着させようという動きがあることは確かです。

 

ただ、これは裏を返せば、今回のような「電動キックボードやフル電動自転車が現時点では原付に過ぎないこと」を看過した、法律違反行為及びそれに伴う事故に対しては、「電動キックボードの適法化を阻害しかねないもの」として、今後は摘発が増加することが予想されるものであるといえ、場合によっては一罰百戒の思想の下、厳罰が課される虞も高まってきているものということができます。


これらを十分に理解していただき、電動キックボードやフル電動自転車の公道上での使用は行わないように、皆様が再確認していただければと願ってやみません。

 

〈弁護士 溝上宏司〉

 

※1 もっとも、被害者の怪我が軽かったと思われることが不幸中の幸いです。仮に被害者が高齢の歩行者や幼児などで、重大な傷害や最悪死亡の結果が生じていた場合、億単位の損害賠償義務を負うこととなりかねません。これは、被害者にとって損害賠償を受けることさえできないという意味でまさに最悪の事故という外ありません。

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