弁護士雑感

2025/06/23 弁護士雑感

【弁護士雑感】従業員が突然やめた!損害賠償請求はできる? ~退職代行に対抗することはできるのか~

はじめに

 

 近年、退職代行サービスの利用件数が急増しています。特に若年層を中心に「上司に直接伝えたくない」「辞めたいのに引き止められる」といった理由で、弁護士や民間企業が提供する退職代行を通じて、突然会社に連絡をせずに退職の意思を伝えるケースが後を絶ちません。

 

 さらに、転職市場の活性化により、企業の人材確保競争が激化する中、労働市場全体が流動化し、従業員の退職件数も年々増加傾向にあります。こうした中小企業にとっては、計画的な人員補充や業務引継ぎが困難になり、事業運営に深刻な影響を及ぼすリスクが高まっています。

 

 このような状況の中、企業経営者・人事担当者の中には、「突然辞めた従業員に対して損害賠償請求はできないのか?」「退職代行に対して法的に対抗する手段はあるのか?」といった疑問や不安を抱えている方も多いのではないでしょうか。

 

 本記事では、日本の法律に基づき、従業員の突然の退職に対して企業が取り得る法的対応や、退職代行を通じた一方的な退職宣言にどう対処すべきかについて、弁護士の立場からわかりやすく解説します。

 

  1. 従業員の退職は自由?法的な原則

 

 日本の労働法においては、従業員には退職の自由が保障されています(民法627条1項)。すなわち、期間の定めのない労働契約(いわゆる正社員)であれば、原則として2週間前に申し出れば退職可能です。

 

 会社としては、「繁忙期に突然辞められては困る」「引継ぎもせずに辞めるのは無責任だ」と感じるかもしれません。しかし、法的には、退職の意思が明確に伝えられた場合、会社の承諾がなくとも退職は成立します。

 

 就業規則で1か月前の予告を義務付けている場合であっても、かかる規定に基づき、退職の申し出から2週間後の退職を認めないとすることは、労働基準法違反に問われる可能性があります。そのような規定は、従業員に対して退職予告を「お願いする」程度の効力に過ぎないといえるでしょう。

 

  1. 突然辞めたら損害賠償できるのか?

 

 では、従業員が急に辞め、事業に損害が出た場合、損害賠償請求は可能なのでしょうか?

 

 結論から言うと、極めて限定的な場合を除き、損害賠償が認められる可能性は低いのが実情です。

 

 過去の裁判例をみると、従業員が退職後に競業会社に転職したケースで、 就業規則違反・秘密保持違反があった場合や、業務の繁忙期に無断欠勤し、そのまま退職したケースで、実際に多額の損害が発生し、かつ退職の方法が社会通念上著しく不相当な場合などでは、損害賠償請求が認められています。

 

 ただし、損害額の立証や因果関係の証明が難しいため、実務上、訴訟リスクや費用対効果を考慮すると、企業側が損害賠償請求に踏み切るのは稀です。

 

  1. 退職代行サービスとは?法的な位置付け

 

 退職代行サービスとは、従業員が自ら退職の意思を伝える代わりに、第三者が退職の意思表示を企業に伝達するサービスです。弁護士が運営するものと、民間企業が提供するものがあります。

 

弁護士が提供する場合:代理人として交渉・通知ができ、法的に有効

 

民間業者が提供する場合:あくまで「伝言」レベル。法的に有効な「雇用契約の解除の申入れ」であるかは争いがある

 

 民間代行業者による電話での通知だけでは、法的には「(退職の)意思表示が会社に到達した」といえるか否かが争点になります。このような意思表示は法律行為であり、法律行為の代理人は弁護士のみがなり得るためです。ただし、メールや内容証明郵便等で形式的な通知がなされれば、法的には有効な退職と認められる可能性が高いと考えられます。

 

  1. 退職代行を使われたときの企業側の対応策

 

 従業員から突然、退職代行を通じて「本日限りで退職します」と連絡が来たとき、企業はどのように対応すべきでしょうか。

 

・適法性の確認

 

 まず重要なのは、退職代行サービスの提供者が弁護士か否かを確認することです。弁護士が提供するサービスであれば、法律上、本人に代わって退職の意思表示や、未払給与・残業代等の請求、退職条件の交渉を行うことが可能です。そのため、企業側としても弁護士を正式な代理人として対応し、必要な事務手続きを進める必要があります。

 

 一方、民間企業による退職代行サービスの場合には注意が必要です。弁護士でない者が行う退職の意思表示や条件交渉は、「その他一般の法律事務」(弁護士法72条)に該当し、弁護士法違反となるおそれがあります。本人に代わって会社に退職を伝える行為そのものが、意思表示として法的に有効かどうか争いがあるのです。

 

 この点について、特に問題なのは、企業側がその退職代行業者のサービス内容の適法性を自ら判断しなければならないという点です。違法なサービスを提供している業者の中には、自身の行為が違法であるという認識を持たずに業務を行っているケースも多く、会社側としては、曖昧な連絡や一方的な通告に振り回されかねません。

 

 そのため、退職代行業者からの連絡を受けた際には、まずはその内容を精査し、弁護士に相談することを強くお勧めします。対応の誤りによって、後々の労使紛争や不当解雇などの主張につながるリスクがあるためです。特に、民間の退職代行業者から、未払残業代の清算やボーナスの取扱についての交渉がなされるケースでは注意が必要です。

 

 ただ、、仮に退職代行サービスが違法であると判断される場合でも、労働者本人に退職の意思があるかどうかは、企業として慎重に確認する必要があります。意思確認を怠って放置することは適切ではありません。

 

・退職日の決定

 

 退職代行業者から「本日限りで退職します」と即日退職の意思表示を受けた場合でも、企業側として必ずこれに応じ即日の退職としなければならないわけではありません。退職日の決定には、労働契約の種類や報酬の形態に応じた法律上のルールが存在し、それに従って判断する必要があります。

 

 まず、雇用契約に期間の定めがない場合(無期雇用)には、原則として退職の意思表示から2週間を経過することで契約が終了するとされています(民法627条1項)。したがって、即日の退職を認める義務はなく、退職日は意思表示の到達から2週間後とするのが原則です。

 

 さらに、報酬が年俸制など6か月以上の期間を単位として支払われる契約の場合には、より厳格なルールが適用され、3か月前の退職意思表示が必要とされています(民法627条3項)。このような場合、従業員が一方的に即日退職を主張したとしても、企業としてそれを拒否できる法的根拠があります。

 

 一方、雇用契約に期間の定めがある(有期雇用)場合には、原則として契約期間の満了をもって終了するものであり、期間途中での退職は原則としてできません。ただし、「やむを得ない事由」がある場合には、例外的に即時の退職も認められるとされています(民法628条)。

 

 これらの民法のルールに反し、たとえば「退職は1か月以上前に申し出なければならない」といった労働者に不利な就業規則を定めていたとしても、それは無効とされます。したがって、会社側は就業規則や慣習に依拠するのではなく、法定のルールに基づいて退職日を判断する必要があります。

 

 退職代行を通じての意思表示であっても、それが法的に有効な手段で通知されたものであれば、上記の規定に従って退職日を整理する必要があります。特に混乱を避けるためには、企業側が法的根拠を明示したうえで、退職日をいつと認定するかを明確に伝えることが重要です。

 

 退職日をめぐる判断に迷う場合は、後日の紛争防止の観点からも、事前に顧問弁護士に相談し、適切な対応方針を確認しておくことが重要です。

 

・書面での対応

 

 また、弁護士から内容証明郵便等で退職の意思が通知された場合には、会社側も書面で回答を行うことが望ましいです。そうすることで、企業として法的に適切な対応を行った事実を記録として残すことができ、後日の紛争予防につなげることができます。

 

 退職代行への対応に限らず、退職のような比較的軽微ながらも繰り返し発生する労務問題については、顧問弁護士を活用して、日常的に相談できる体制を整えておくことが望まれます。メールやチャットなどの手軽な手段で相談ができれば、突発的なトラブルにも落ち着いて対応できるでしょう。

 

 

  1. トラブルを未然に防ぐための就業規則・契約書の整備

 

 突然の退職によるトラブルを防ぐには、日頃からの就業規則と雇用契約書の整備が極めて重要です。

 

 例えば、引継ぎ義務・貸与品返却義務を明文化することにより、退職者への対応を画一化し、業務への影響を少なくすることや、秘密保持・競業避止義務を明記し、ライバル企業への情報流出や、企業の信用低下リスクを低減することなどの対策が求められるでしょう。

 

  1. まとめ:企業が取るべき法的リスク対策とは?

 

 従業員の突然の退職や退職代行の利用は、業種や規模を問わず、すべての企業が直面し得るリスクです。特に中小企業にとっては、一人の退職が現場全体の業務に大きな影響を及ぼしかねず、経営上の深刻な問題に直結します。

 

 こうした事態に感情的に反応してしまうと、法的に不利な扱いを受けることもあり、かえって紛争を長期化させることになりかねません。だからこそ、法的ルールに則った冷静で一貫した対応フローの構築が、重要となるでしょう。

 

 橋下綜合法律事務所では、退職トラブルに関する事後的な対応だけでなく、日常的な労務管理や就業規則の整備、退職時対応マニュアルの策定など、「予防法務」に力を入れたサポート体制を整えております。

 

 また、顧問契約を締結して頂いた場合は、チャット・メールでの相談対応も可能であり、突発的なトラブルに迅速に対応することができます。従業員対応の初動判断に迷ったとき、経営判断に法的裏付けが必要なとき、いつでも安心してご相談いただける体制を整えております。

 

 「従業員が突然辞めた…」そのときに慌てないために。

 労務リスクに備える第一歩として、ぜひ一度、弊所にご相談ください。

 

〈弁護士杉山幸太郎〉

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