弁護士雑感

2019/07/10 弁護士雑感

【弁護士雑感】民法772条の嫡出推定について

 凍結保存していた受精卵を女性が男性(元夫)に無断で移植し、その結果生まれた子どもについて、男性側がその子と自分は父子関係がないことの確認を求めて訴訟を提起していましたが、先月5日、最高裁判所は男性側の上告を退ける決定をしました(婚姻中に妻が懐胎した子は、夫の子と推定すると定めた民法772条の「嫡出推定」の規定が適用され、男性の子と推定されるとした二審・大阪高裁判決が確定。)。

 そのような判決になるだろうなと予測していた反面、そもそもこのような訴えは、法律制定当初には予想もされていなかった事態かと思いますので、今回はこの判決について少し書いてみようと思います。

 まず、民法772条は、嫡出推定について以下のような規定しています。

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第772条【嫡出の推定】

① 妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。

② 婚姻の成立の日から200日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から300日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。

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 ここに、民法772条において嫡出推定される子とは、どのような法的意味があるのかというと、嫡出推定がされる子については、夫が父子関係を否定して争うには、「嫡出否認の訴え」という手続による他なく、提訴期間は「夫が子の出生を知った時から1年以内」と非常に制限されています。

 

 すなわち、772条の嫡出推定される子についてはこの提訴期間内に「嫡出否認の訴え」を提起しなければ、以後は、夫である男性は父子関係について争うことができません(なお、事実上夫が行方不明の場合や、在監中であるなど、外観的に夫婦間の接触が不可能な場合は、推定が及びませんので、後述の「親子関係不存在確認の訴え」を提起することができると判例上解されています。ただし、生殖不能や血液型相違の場合は、夫による懐胎が外観的に不可能な場合ではなく、「推定の及ばない子」には当たらないとされています。)。

 

 一方で、嫡出推定がされない子は、夫はいつでもその子との親子関係が存在しないことを「親子関係不存在確認の訴え」という訴えによって争うことが可能であり、かかる訴えには期間制限というものがありません。

 すなわち、例えば、出生してから10年後に、実は不貞相手との間にできた子であることがDNA検査などによって分かった場合、嫡出推定が及ぶ場合は嫡出否認の訴え提起可能期間経過後は、もはや裁判で争うことはできませんが、嫡出推定が及ばない場合には、いつでも裁判で親子関係の有無を争うことができるということになります。

 生物学的に自分の子でないことが明らかとなっても、法的には父子関係を否定できない訳ですから、かなり理不尽な結論の気もしますが、現状の法律及び判例ではそうような運用になっています。

 そうすると血縁関係のない子であっても、嫡出推定が及ぶ場合には、嫡出否認の訴えの提起可能期間経過後は、父子関係の否定を争うことはできないわけですから、今回のように、凍結保存していた受精卵を妻側が夫に無断で移植した場合であっても、嫡出推定が及ぶ期間内に産まれた子については、嫡出否認の訴えの提起可能期間経過後に父子関係を争うことはできないとの結論になること自体は比較的容易に予測できたということになります。

 しかし、今回のケースは、嫡出推定が及ぶ場合にあたりましたので、結論は比較的容易に予測できましたが、仮に嫡出推定がされない期間の出生であったとすると、どのような結論になったかどうかは、かなり予測困難な事案であったかと思います。

 私個人としては、民法772条の規定は、まだそれほどDNAの検査技術などが発達しておらず、高度の蓋然性をもって父子関係がないことを証明できない時代に、訴えが乱発されることで、子どもの法的地位が不安定になることを予防するために設けられた規定であったように思いますので、科学技術が進歩し、ほぼ間違いなく生物学的な父子関係の有無については判断できる昨今においては、嫡出推定が及ぶ場面についてはもう少し限定的に考えるべきではないかと考えていますが、一方で、今回のようなケースでは、男性側の同意はありませんが、生物学的には血縁関係があるため、どのような結論とすべきなのか、これだと納得できる結論は未だ出ておりません。

 皆さんはどのようにお考えになるでしょうか。

〈弁護士 松隈貴史〉

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