弁護士雑感

2016/01/26 弁護士雑感

【弁護士雑感】遺言について

 先日、家政婦の女性が「遺産は全て家政婦に渡す」旨の遺言書があることを理由に、被相続人の実子の2人に対して、遺産の返還を求めた訴訟の判決が東京地裁でありました。まだ判決理由には目を通していませんが、結論としては遺言書の有効性を認める、つまりは家政婦の言い分を認めるという内容の判決だったようです。

 この判決をニュースなどで見かけ、「遺言」について改めて興味をお持ちになられた方もいらっしゃると思いますので、今回は実務の視点から、「遺言書」について少し書いてみたいと思います。

 最近は、インターネットで「遺言 書き方」などと検索すれば、多くのウェブサイトでその説明がされており、書店でも数多くの遺言書関連の書籍が並んでいます。そのため、遺言書の作成方法自体は広く一般に周知され始めており、遺言の形式的要件(自筆証書遺言であれば全て自筆で書かなければならない等)を満たさないため、遺言書が「無効」となるというような事例は以前より減少傾向にあるように思います。

 では、最近の遺言のトラブル事例としてはどのようなものが多いかというと、私の感覚では「認知症を患った状態の親に遺言書を作成させた。」といった内容の御相談が増加傾向にあるように思います。

 例えば、「認知症を患った父親と同居していた兄が、自分(相談者)に内緒で、父親から全財産を受取るような内容の遺言書を書かせていた」といった内容の御相談を受けたことがあります。話だけ聞くと、そんな状態で書かせた遺言書は無効だということで話は終わりそうなのですが、実務的にはそう話は単純ではありません。

 まず、遺言書を無効であると主張する者、上記の事例でいうと相談者の方が、「父が遺言書を作成した当時、父は認知症を患っており、遺言書を作成できる意思能力がなかった」ということを立証しなければなりません。そして、相談者の方が「父は認知症だった」と騒ぐだけでは当然裁判所も中々耳を傾けてくれません。遺言書に記載された作成日付とできる限り近い時期に作成された「医師の診断書」などの証拠が存在するかどうかが非常に重要になってきます。また、認知症にも個人差がありますので、認知症を患っている者が作成した遺言書の全てが無効という訳では当然ありません。そのため認知症を認める旨の「医師の診断書」等が仮に存在したとしても、遺言書作成時において、自分の意思通りの遺言書を作成する意思能力がなかったという点について、更に突き詰めた立証をしていく必要があります。

 以上からも、「遺言書が無効である」ということを裁判所に認めさせることは、実務的には決して容易な作業ではないということはお分かり頂けるかと思います。

 厚生労働省の調査によると、2012年時点で、65歳以上の高齢者のうち認知症を発症している人は推計約462万人に上るとされ、2025年には700万人を超えるとの推計値が発表されています。つまり、65歳以上の高齢者のうち、5人に1人は認知症に罹患しているという時代がすぐそこまで来ており、このような認知症を原因とする遺言書の有効性を巡る紛争トラブルは今後も増え続けると予想されます。

 家族間で「お金」の話をすることに抵抗のある方は多いと思いますが、「相続」は誰しもに必ず訪れます。いつ自分が認知症を患うかも分かりません。相続を「争族」としないためにも、問題を先送りせず、常日頃から、自分の相続財産の帰属先について、相続人全員で話し合えるような環境作りを整えておくことが非常に大事だと思います。

 最初の雑感という事もあり、少し内容が硬くなってしまいました・・・

弁護士 松隈貴史>

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