弁護士雑感

2016/06/08 弁護士雑感

【弁護士雑感】「ファウルボール訴訟」について

 札幌ドームの内野席でプロ野球の観戦中に、ファウルボールが顔面を直撃し、右目を失明した女性が北海道日本ハムファイターズ、札幌ドーム、札幌市の三社に約4650万円の損害賠償を求めた訴訟において、女性側と球団側の双方が上告期限である本年6月3日までに上告しなかったため、日本ハムファイターズに約3350万円の支払いを命じた二審の札幌高裁判決が確定しました。そこで、今回はこの判決について少し書いてみようと思います。

 従前、裁判所は、本件と類似の事案(クリネックススタジアム宮城(現・Koboスタジアム宮城)の3塁側内野席でプロ野球の試合を観戦中、打者の打ったファールボールに直撃されたことにより右眼眼球破裂等の傷害を負った男性が、同球場を管理、運営していた楽天球団と球場所有者である宮城県が適切にファウルボール等から観客を守る安全装置を設置する義務を怠ったことなどを理由として、宮城県と楽天球団に対して連帯して損害賠償を求めた事案)において、「本件球場において、内野席フェンスの構造、内容は、本件球場で採られている安全対策と相まって、観客の安全性を確保するために相応の合理性があるといえるから、本件球場における内野席フェンスは、プロ野球の球場として通常備えているべき安全性を備えているものと評価すべきである」として、観客側の請求を全て棄却していました(仙台地裁、仙台高裁判決)。

 では、今回の札幌高裁の判決と仙台裁判所の判決とで結論に違いが生じたのはなぜでしょうか。

 まず、札幌高裁の判決も、札幌ドームと札幌市に対する訴えについては、仙台裁判所の判決と同様に、「社会通念上プロ野球の球場が通常有すべき安全性を欠いていたとはいえない」として、女性側の請求を棄却しています。

 ただ、札幌高裁は、「被控訴人(被害女性)は、野球に関する知識も関心もほとんどなく、野球観戦の経験も硬式球に触れたこともなく、硬式球の硬さやファウルボールに関する上記危険性もほとんど理解していなかったこと、そのような被控訴人が本件試合を観戦することになったのは、控訴人ファイターズが、新しい客層を積極的に開拓する営業戦略の下に、保護者の同伴を前提として本件試合に小学生を招待する企画(本件企画)を実施し、小学生である被控訴人の長男(当時10歳)及び長女(当時7歳)が本件試合の観戦を希望したため、被控訴人ら家族が本件企画に応じることとし、被控訴人も、長男及び長女の保護者の一人として、幼児(当時4歳)である二男を連れて、本件ドームに来場したという経緯であったこと、本件座席は、内野席の最上部や外野席等と比較すると、相対的には上記のファウルボールが衝突する危険性が高い座席であったが、本件企画において選択可能とされていた席であったことが認められる」との事実を認定し、これらの事実が認められることを理由に女性側の請求を一部認めました。

 すなわち、仙台地裁に訴えを起こしたのは一般的なプロ野球の客層であったところ、札幌地裁に訴えを起こしたのは、日本ハムファイターズが新しい客層を開拓するために実施した企画に参加した女性であって、このような場合、純粋に自らの意思で野球観戦を希望していた客層よりもプロ野球に関する知識が低いことが予見されることから、ファウルボールの危険性が相対的に低い座席のみを選択し得るようにするとか、或いはファウルボールについての危険があること及び相対的にその危険性が高い席と低い席があること等を具体的に告知して、その危険を引き受けるか否か及び引き受ける範囲を選択する機会を実質的に保障するなど、招待した観客の安全により一層配慮した安全対策を講じるべき義務(安全配慮義務)があるとの考えのもと、日本ハムファイターズにはその安全配慮義務を怠った過失が認められることから、当該女性に生じた損害について賠償する責任があると論じました。 

 我々弁護士が裁判を提起するにあたっては、まず過去に類似の事案についての判例がないか徹底的に調査します。そして、それらの情報を基に裁判の見通しを立てます。もちろん、全く同じ事実というものは存在しませんので、例え過去に類似の事案において、自らに不利な結論が示されているからといって、必ず同様の結論となるわけではありません。しかし、裁判所が過去の判例を重視することは確かですので、過去に類似の事案で不利な結論が示されている場合には、裁判の見通しとしてはどうしても厳しくならざるを得ません。というのも、過去の判例の結論が自らにとって不利な場合には、過去の判例の基礎となった事情と、自らが提起する裁判の基礎となる事情との間に違いがあること、そして、その事情が結論を左右する重大な事情であることを強く説明し、裁判所を説得する必要があるわけですが、これは決して容易な作業ではないためです。言い換えると、ここが正に弁護士の腕の見せ所であり、選任された弁護士によって結論が変わるような裁判であるといえるかと思います。

 その意味では、この被害女性は非常に良い弁護士を選任されたなと、部外者ながらに勝手に思っていました。

 今回、この札幌での判決を受けて、ヤフーなどの記事のコメント欄を覗いてみると、あくまで女性の側の「自己責任」とすべきで、不当な判決だという意見の方が大半を占めているように感じました。しかし、今回の判決を詳しく精査すると、日本ハムファイターズの過失だけを一方的に認めているわけではなく、女性の側にも2割の過失を認めており、当職としては、この判決は非常に納得できる部分の多い判決であったと感じています。 

 私も野球観戦に行ったことがありますが、一度ファウルボールが近くに飛んできて、ヒヤリとした経験がありました(隣の男性の体に直撃していました)。もしあの場所にいたのが、子供だったら、女性だったらと考えると、しっかりと注意さえ払っていれば回避することができただろうかと、当職としても若干疑問に感じるところです。そもそも、確かに、ファウルボールの危険性は野球観戦をする者なら誰もが知っておくべき知識であって、第三者からすると「自己責任」として片づけられる話かもしれませんが、実際に自分や自分の身内が「失明」するほどの非常に大きな被害に遭われた場合に、「自己責任」として納得するのは中々難しいように思います。

 野球観戦という素晴らしいエンターテイメントが、二度と今回のような悲しい結果を引き起こさないようにするためにも、この事件を教訓として、観客側も球団側も、より安全に対する意識を高めて頂けたらと思います。

弁護士 松隈貴史>

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