弁護士雑感

2016/08/26 弁護士雑感

【弁護士雑感】強姦罪・強姦致傷罪について

 先日、某俳優が強姦致傷罪という罪で逮捕されました。 

 そこで、今回は、強姦罪・強姦致傷罪という刑について書いてみようと思います。

 まず、基本的な知識として強姦罪は、暴行又は脅迫を用いて、13歳以上の女子を姦淫した場合に成立すると規定されており、また、13歳未満の女子に対しては、手段を問わず、姦淫した場合に成立すると規定されています(刑法177条 3年以上の懲役)。そして、強姦犯人が、被害者に傷害を負わせた場合には、強姦致傷罪として処断されます(刑法181条2項 無期又は5年以上の懲役)。

 上記のとおり、条文上は明確に「女子」と規定されていますので、「男子」に対して性的暴行を加えた場合には、強制わいせつ罪(176条 6月以上10年以下の懲役)が成立するに留まるということになります。しかし、近年、男子が襲われるといった事例も多発しており、このような被害に遭った男性の精神的苦痛は、女性と何ら変わりないはずであり、この点については見直しが図られるべきではないかという考えもあるところです。

 次に強姦罪は親告罪と規定されています(刑法180条)。

 親告罪とは何かというと、告訴がなければ公訴を提起することができない犯罪のことです。要するに、親告罪においては、被害者の方が、加害者に対して裁判にかけて罰して欲しいと意図しない限りは、加害者は裁判にかけられて罰せられないという事になります。なぜ、強姦罪が親告罪となっているのかというと、「強姦罪」は被害者の方のプライバシー侵害という二次的被害を引き起こす危険性が高いため、被害者の意思を尊重するような規定となっているわけです。ただし、2人以上で共同して強姦した場合(刑法178条の2)や、強姦に際して被害者に傷害を負わせた場合には、その行為の悪質性から一般予防の見地を優先させ非親告罪となっています。

 以上を前提に、ここからは私の刑事弁護の体験談を少しだけお話しします。

 私が刑事弁護を担当した、ある強姦事件の被告人は、以前にも強姦及び強姦致傷の罪で何度か服役したことのある人物で、接見した当初は、「強姦」とは極めて卑劣な犯罪行為であるという意識が明らかに欠落していました。刑事弁護人として活動していて最も残念な結末は、自分が刑事弁護を担当した被告人が再度罪を犯して捕まるということなのですが、正直このままでは、この被告人は、裁判を終えて刑に服することになっても、出所後にはまた同じような罪を犯す危険性が非常に高いように感じました。

 そのため、何とか、この被告人に自分のやったことの罪の重さについて理解してもらうために、「強姦」という犯罪がなぜ刑法上処罰の対象とされているのか、自分の頭で考えて回答するように求めました。しかし、当初この被告人からは「被害者に嫌な思いをさせるから」といったような一般的な回答しか得られませんでした。

 そこで、私自身も読んだときは、心が引き裂かれる思いのした被害者の方の調書と被害者の方のお母さんの調書をこの被告人に読み聞かせることとし、それを聞いたのちに再度、自分が犯した罪について考えるように求めました。

 何十頁にもわたる被害者の方の調書には、事件前の被害者の方の家族との幸せで明るい生活状況、事件後に一変させられてしまった生活状況、事件現場に行ったことに対する尽きることのない後悔、今はただ生きていることが辛く、何もしていなくても涙が止まらないといった内容が語られていました。そして、初めは無表情であった被告人の表情が、それらを聞いている内にドンドン険しくなっていきました。そして、私が調書を全て読み終えた後、被告人は「いまの、本当に私の被害者の方の話なんですよね・・・」とだけ言葉を発しました。私は、その時の被告人の表情態度から、やっとほんの少し自らが犯した罪の大きさについて、被告人が理解してくれたような気がしました。そして、被告人は、「初めてちゃんと被害者の調書を聞きました。なんか全然わかってませんでした。すみません」と語り、その後、それまでは1枚程度しか書かなかった反省文を、20枚以上書いてきました。

 受け取った反省文には、被害者の方とその家族に対する謝罪だけでなく、自分が幼少期に虐められていたこと、両親にも相手にされていなかったこと、特にクラスの女子からは貧乏であることを馬鹿にされ、それが忘れられないことなど、被告人の女性に対する感情が歪んで形成されていく過程が事細かく記されていました。

 その後、その被告人は自らの刑が軽くなることを望まず、母親に法廷で話してもらうという情状弁護についても頑なに拒絶したため、裁判の結果は予想とおりの厳しい量刑となりました。しかし、判決に対して被告人は不服を一切述べることなく、「これで必ず最後にします。お世話になりました」と語り、控訴することなく、裁判は終了しました。

 正直、この被告人が出所するのは10年以上も先の話であり、出所後にこの被告人が罪を犯さないとまでは私には断言できませんが、最後に私に語ってくれた「これで必ず最後にします」との言葉だけは、彼の本心から出た言葉であると今でも信じています。 

 強姦罪は「魂の殺人」と言われているのを聞いたことがある人もいるかと思いますが、身体的には回復しても、被害者の方の心には一生消えることの無い傷跡を残すこととなる犯罪であることは間違いありません。そして、この事例からもお分かりいただけるとおり、加害者が想像できる被害者の方の苦痛など、恐らく被害者の方が受けた苦痛の1割にも満たないものです。起こしてしまった事件を悔いること、反省することは重要だとは思いますが、被害者の方の苦痛を少しでも理解し、二度と同じ過ちを繰り返さないようにするために自分はどうすべきか、某俳優の方にも考えて頂ければと思います。

<弁護士 松隈貴史>

© 弁護士法人橋下綜合法律事務所