弁護士雑感

2016/08/01 弁護士雑感

【弁護士雑感】名誉毀損について

 最近、東京都知事選の候補者が、出版社によって自身の名誉が毀損されたとして、東京地検に告訴をされたようで、頻繁に「名誉毀損」という言葉を耳にします。そこで、今回は、名誉毀損罪について少し書いてみたいと思います。

 はじめに、名誉毀損罪とはどういう場合に成立する罪であるのか、簡単に説明させて頂きます。

 名誉毀損罪については、刑法第230条に「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する」と規定されています。

 条文の冒頭にある「公然」とは不特定又は多数の人が認識しうる状態を指します。当事務所でも、「名誉を毀損することを言われたので、訴えてください」という御相談を度々お受けしますが、話をお伺いすると、相手との会話の中で何か名誉を毀損するようなことを言われたというものも数件ありました。前述のとおり、名誉毀損罪は「公然」とされることが要件とされていますので、二人きりの会話の中で自己の名誉が毀損されるようなことを言われたとしても、不特定又は多数の人が認識しうる状態下において名誉を毀損されたとはいえず、名誉毀損罪が成立することはありません。この点は、多くの方が誤解されているところかと思います。

 次に、条文にある「人の名誉」とは、外部的名誉(人に対する社会的評価、世評、名声)のことを指し、主観的名誉(名誉感情)ではないと解されています。これはどういうことかというと、例えば、「あなたは、東大受験に失敗したことがある」などと公然と事実を摘示されたとします。東大受験に失敗したからといって、外部的名誉(人に対する社会的評価)が毀損されたとまではいえませんが(判断の仕方は後述)、中には、そのような事実を公の場で公表されることで、(名誉)感情を害される方もいらっしゃるかと思います。「人の名誉」を主観的名誉(名誉感情)と解すれば、このような場合であっても名誉毀損罪が成立する可能性があるということになりますが、判例上は「人の名誉」とは「外部的名誉」を指すと解されていますので、上記の例のような表現行為には名誉毀損罪は成立しないということになります。

 では、「人の外部的名誉(社会的評価)を毀損(低下)させる」表現行為であるか否かは、どのように判断されるのでしょうか。

 この点、最高裁判例は、「ある記事の意味内容が他人の社会的評価を低下させるものであるかどうかは、一般の読者の普通の注意と読み方を基準として判断すべきものである」と判示しています。要は、一般常識で考えましょうということなのですが、結局は裁判所の裁判官が社会常識に照らして判断するということになります。

 なお、刑法第230条1項に「その事実の有無にかかわらず」との記載があるとおり、表現内容が虚偽であるか否かは名誉を毀損されている対象が生存している限り、問題になりません(死者の場合は、内容に虚偽があったときのみ成立します(刑法第230条2項))。嘘であろうと真実であろうと、外部的名誉を毀損する場合には、名誉毀損罪が成立する可能性があります。

 更に、名誉毀損罪については、「公共の利害に関する場合の特例」(刑法230条の2「前条第一項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない」)が定められており、かかる特例の定めによって、名誉毀損罪が成立する範囲には一定の限定がなされています。すなわち、当該記事の内容が名誉を毀損する内容であったとしても、①公共の利害に関する事実であり、②それが公益を図る目的でなされており、③内容が真実であるという要件を全て満たす場合には、行為の違法性が阻却され、罰しないと定められています。

 なぜこのような特例が定められたかというと、例えば、ある国会議員が昔、贈収賄罪などの犯罪行為を行っていたという事実が明らかになったため、その事をある出版社が記事にして公表したとします。贈収賄罪という犯罪行為を行っていたという事実が公然と報じられてしまうと、間違いなく当該記事の対象となった国会議員の社会的信用性は低下しますので、この出版社には名誉毀損罪が成立する可能性があります。しかし、国民の代表者である国会議員がいかなる人物であるのか、我々国民は知る権利を有しているところ、このような記事についてまで全て名誉毀損罪を成立させてしまうと、表現者は委縮して自由な報道ができなくなり、結果的に我々の知る権利が制限されてしまうことになります。そこで、表現の自由と名誉権との調和を図る必要性から、特別に設けられたのが上記特例ということになります。

 重要な事は、かかる三つの要件の立証責任は名誉を毀損したとされる側に課されているという点です。上記の例でいうと、「ある国会議員が昔、贈収賄罪等の犯罪行為を行っていたという事実」を報道するにあたっては、①公共性がある事、②公益目的がある事、③その内容が真実であることを、報道する側が証拠を揃えて証明しなくてはいけないということになります。ただし、裁判において真実であるということを立証するのは決して容易な作業ではありませんので、十分な証拠を集め、真実であると信ずる相当な理由が認められる場合には、犯罪の故意がないものとして、その場合にも名誉毀損罪は成立しないことになっています。

 今回の都知事選の候補者は、出版社が報じているような事実がなかった点について、あまりしっかりとした釈明はされていないようですが、報じられているような事実があったか否かについて立証する責任はあくまで出版社の側にありますので、訴訟戦略上は多くを語らない、可能な限り情報を相手に与えないというスタンスは弁護士としての立場からは理解できるところです。ただし、それはあくまで裁判に勝つことだけを目的と考える場合であって、選挙に勝つためのスタンスとしては疑問をお持ちになる方もおられるのではないでしょうか。

<弁護士 松隈貴史>

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