2017/02/09 弁護士雑感
【弁護士雑感】婚姻費用・養育費は高いか安いか?
昨年11月15日、日弁連により婚姻費用・養育費について新しい算定表(便宜上「新算定表」といいます)の提言がなされました。※1
これは従来家庭裁判所で実務上用いられている婚姻費用・養育費の算定表(便宜上「現算定表」といいます)について、社会の実情に沿っておらず、また実際に婚姻費用・養育費の支払いを受けることとなる母親・子供らにとって低額過ぎるという理由から、改めて日弁連において算定表を作成提言し、家庭裁判所の裁判実務を変えていこうという動きだと評価することができます。
この新算定表はあくまで日弁連が独自に作成したものに過ぎませんし、家庭裁判所からどのように評価されているのかも未知数です。
そのため、新算定表の存在は、直ちに家庭裁判所における婚姻費用・養育費算出に関する実務上の運用に影響を与えるということはなく、家庭裁判所の実務との関係では大きな意味は無いものともいえます。
ただ、これからは離婚調停(ないし訴訟)などにおいて、新算定表を根拠とした婚姻費用・養育費の算出を行い主張する方が増えるものと思われます。現時点では新算定表に基づく計算を行って主張しても、おそらくは家庭裁判所からは「言いたいことはわかるが家庭裁判所は新算定表に基づいた判断はしない」と一蹴されるでしょうが、これから数多くの方が新算定表に基づいた主張立証活動を粘り強く続けていくことにより、5年後や10年後には新算定表が家庭裁判所の実務に受け入れられ、定着しているかもしれません。※2
また逆に新算定表による主張や立証などを行う方が少なければ、新算定表は所詮は民間団体である日弁連の独自の見解に過ぎないとして、忘れられていくこととなるでしょう。
もっとも、個々のご依頼者からすると「自分の事件について有利な判断を得ること」が目的なのであって、何も裁判所の考えを変えてやろうなどということを目的として調停や訴訟を行う方はおられません。
われわれ弁護士としても、調停や訴訟の場において、ご依頼者が「だめかもしれないことはわかっているが、それでも新算定表に従ってしっかりと主張を行いたい」とお考えなのであれば喜んで全力を尽くさせて頂きますが、「認められるなら新算定表を主張したが、どうせ認められないなら無駄に争点を増やして紛争を長期化させたくない」とお考えの方にたいして新算定表に基づく主張をお勧めするというわけにもいきませんので、大変難しいところではあると思います。
さて、このように、今後どのように評価されていくのか興味深い新算定表ですが、その中身についてはそもそもの婚姻費用・養育費の「高額」「低額」を巡る考え方とも相まって、なかなか賛否両論というところのようです。
もちろん、大まかに言ってしまえば支払う側からは「これまででも高すぎる。新算定表など論外だ」というような意見が多いですし、受け取る側からは「これまででも安すぎる。とても生活できない。新算定表でも不十分でありようやく最低限というところだ」というような意見を持つところかと思います。
これはどちらの考え方も一理あると思うのですが、当職としては「どちらの考え方も正しく、要は全体としてのパイが少ないだけの話」であると考えています。
もともと、円満な婚姻期間中は夫婦で共同生活を営み、食費・住居費・光熱水費・消耗品費・自動車代・レジャー費などの全部ないし相当部分を共有していたものが、別居ないし離婚によって個々に生計を立てなければならなくなるのですからトータルでのお金が不足するのは当然です。
結婚前の状態に戻ると言えばその様な気もしますが、しかし結婚や出産により様々な人生プランを設計した結果、多くの方の生活(特に家計の面で)は自然と「円満な家庭を前提とした」ものとなっているのです。
このような「円満な家庭を前提とした」収支のバランスや家計であったものが、突如その前提を失い、しかも場合によっては離婚後の人生プランの再構築(新しい家庭構築のための恋愛や経済的基盤確保のための勉学など)のために、さらなる費用を要する結果となるのですから、そのトータルとしてのパイの不足は目を覆うばかりです。
このような状況が、「支払う側から見ると多すぎ」「もらう側から見ると少なすぎる」という結果を生み出しているものと思うのです。
婚姻費用や養育費に関する双方の不満は様々あり、まだまだ書ききれないものがあるのですが、例えば上記のような不満の理由をよく理解し、自分は高すぎる(安すぎる)と思っているが、相手の立場からすると安すぎる(高すぎる)のかもしれないということをわかってあげること、それだけでも無用の感情的な対立を回避でき、建設的な話し合いの端緒をつかむことができるかもしれません。
※1 養育費・婚姻費用の新しい簡易な算定方式・算定表に関する提言
http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/2016/opinion_161115_3.pdf
※2 実際に、交通事故においてはいわゆる「赤い本」「青い本」と呼ばれる日弁連交通事故相談センター作成の書籍がありますが、これは現在裁判所に受け入れられ、裁判実務においても基準として採用されています。
http://www.n-tacc.or.jp/solution/book.html
<弁護士 溝上宏司>