弁護士雑感

2016/03/30 弁護士雑感

【弁護士雑感】埼玉女子中学生略取事件を受けて思うこと

 先日、埼玉県でおよそ2年間にわたり行方不明となっていた女子中学生が無事保護され、大学生が逮捕されたというニュースがありました。

 現在報道されているところでは、当該大学生は「未成年者略取罪」の被疑事実で逮捕されているとのことです。

 この事件については、社会の関心も強いようで、「女子中学生は施錠された部屋に閉じ込められていたわけではない(部屋の内側からも解錠できた)」とか「女子中学生が助けを求めた形跡が薄い(近隣住人が助けを求める声を聞いていない)」「一緒に外出などもしている」などという情報が散見され、ネットの書き込みなどでは一部で女子中学生の自由意思で同居生活を送っていたのではないかというようなものまで見受けられます。

 本件の具体的な事実関係については今後の捜査により明らかとなることかと思いますので、現時点で未確定および不十分な情報に基づき、事実関係をあれこれと論評することは適切なものとは言い難く、厳に慎むべきものといえますので、ここでは深く立ち入りません。

 ただ、本件の逮捕容疑(被疑事実)が「監禁罪」ではなく「未成年者略取罪」であるということからすると、上記のような未確定かつ不十分な情報を基とする「被害者である未成年者の同意があったか否か」という点は、犯罪の成否との関係ではあまり意味のある事実ではないように思われますので、本日はその点についてお話をしたいと思います。

 「未成年者略取罪」とは刑法224条に規定される犯罪であり、条文上「未成年者を略取し、又は誘拐した者は、3月以上7年以下の懲役に処する」とされているものです。

 そして、「略取」とは「暴行脅迫を手段として他人をその生活環境から不法に離脱させ、自己または第三者の事実上の支配下に置くこと」を指します。

 

 このような法律の定め方からすると、一見すると上記「被害者である未成年者の同意があったか否か」は、同意があれば「不法」に生活環境から離脱させたとは言えないのではないかとも考えられ、未成年者略取罪の構成要件該当性を失わせるようにも思えます。

 しかし、本罪の理解はそのような表面的なものでは不正確であり、やはり本件では「被害者である未成年者の同意があったか否か」に関わりなく、未成年者略取罪が成立するものと考えられます。

 その理由は以下のとおりです。

 未成年者略取罪においては、一般に判例上、その保護法益(※1)は被略取者の自由だけではなく、両親・後見人などの監護権者またはこれに代わって未成年者に対し事実上の監護権を有する監督者などの監護権も含まれると考えられています。

 要するに、本罪は未成年者自身の身体活動の自由を守るだけではなく、監護権者による監護権の行使の自由をも守るために規定されているということができます。

 そのため、仮に被略取者である未成年者自身が同意していたとしても、監護権者が同意していない場合には、監護権者の監護権行使の自由が侵害されているということになり、やはり本罪が成立するということになるのです(※2)。

 これは、何も第三者により未成年者が連れ去られたという場合だけではありません。

 特に犯罪を企図して行ったわけではないが、結果として未成年者略取の罪を犯してしまう場面として、離婚後非親権者(かつ非監護権者)である一方親が、(子供自身の同意を得た上で)子供を親権者(かつ監護権者)である他方親の同意を得ることなく連れ去った場合があります。

 たとえ被略取者の実親であったとしても、親権者でもなく監護権者でもない以上は、親権者(かつ監護権者)である他方親の監護権を侵害しているからです。

 

 さらに、判例では、未だ離婚が成立していない場合でも(すなわち自身もまた親権者である場合でも)、事実上相手方である配偶者が養育している2歳の子供を「略取」したケースで、「未成年者略取罪の構成要件に該当し、自身も親権者であるという事情は例外的な違法性阻却の判断の一資料となるに過ぎない」と判示されたものさえあります(※3)。

 これは、仮に離婚未成立のため共同親権者(かつ監護権者)であったとしても、他方親の親権(かつ監護権)を侵害すること自体は可能であり、ただ同侵害行為が略取者である一方親の親権(かつ監護権)の正当な行使であると評価できる場合に限って違法性が阻却されるという考え方に依拠しているものといえましょう。

 「未成年者略取罪」における保護法益について、上記のような理解に基づけば、本件事件が「監禁罪」を被疑事実とするものであれば格別、「未成年者略取罪」を被疑事実としている以上、被略取者である女子中学生の同意の有無は犯罪成立にさして影響を与えるものではないということがご理解いただけるかと思います。

 そして、離婚協議中または離婚後に、相手方が監護養育している未成年者を一方的に連れ去る行為が、あるいは必要止むを得ない措置であるとして違法性が阻却されることはあるとしても、原則としては決して望ましいものではないということもご理解いただけるものと思います。

 第三者による犯罪となるようなケースはもちろんのこと、たとえ未成年者の親・親族が愛情から未成年を連れ去った場合であっても、一方的な略取行為は犯罪を構成する可能性が十分に存在するということをご理解いただくとともに、そのような行為は仮に犯罪が成立しなくとも決して未成年者の心身の健全な発達にとって有益なものではないということもご理解いただき、冷静かつ適切な行動を取ることが大切であるということを最後に附言いたします。

※1 法律がある行為を規制することにより保護実現しようとしている権利利益のことです。保護法益が何であるかということは、当該法律の条文解釈の指針となるものであり非常に重要なことです。

※2 福岡高裁判決昭和31414

※3 最高裁決定平成17126 本決定は結論として未成年者略取罪の成立を肯定していますが、本決定にはこれを適法であるとする反対意見も付されており、かつ具体的な事実関係や判断内容からすると正当な親権(かつ監護権)の行使として違法性が阻却される余地も十分存在していたものと考えられ、一種の限界事例であるようにも思えます。しかし、論理構成としてまずは未成年者略取罪の構成要件に該当し、その後違法性阻却事由の有無について判断されるというスキームが採用されている点は違いがありません。

<弁護士 溝上宏司>

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