弁護士雑感

2016/03/23 弁護士雑感

【弁護士雑感】被害賠償について

 今回は、ある地裁判決を基に、被害弁償について少し書かせて頂こうと思います。

 今月の15日、大分地方裁判所において、2003年に飲酒ひき逃げ死亡事故を起こした加害者の男性(当時19歳のため氏名不詳)に約5000万円の賠償を命じる判決の言い渡しがありました。

 この訴訟は、被害者の方の御遺族から加害者の男性に対し、既に同額の賠償を命じる旨の給付判決が2005年11月に確定していたにもかかわらず、加害者の男性からは10年間(注1)支払いがなされなかったため、御遺族の方から、上記損害賠償債権の時効を中断するため(注2)に、再提訴されたものでした。

 この判決の報道を見て、当職としては現行の被害弁償の問題点について、考えずにはいられませんでした。

 訴訟を提起し、勝訴判決を得れば、相手方の財産に対して強制執行(当事者の申立てに基づいて国家が強制力をもって実現する手続)の申立てをすることができます。そのため、我々弁護士は、裁判の準備と併行して、加害者側の財産を探し出す作業に徹することになります。

 しかし、執行できる財産を加害者が一切持っていないような場合には、現行法上、加害者に被害弁償をさせるための手段が存在しません。

 被害者の方の代理人として委任を受けた場合には、加害者側の親族等に対して、加害者の代わりに弁済をするようお願いすることはありますが、監督責任が認められるような例外的な場合を除いて、たとえ親族であろうと加害者以外の方には、それに応じなければならない法的義務が存在しませんので、それは決して実効性のある方法とは言えません。また、刑事罰である罰金などの場合、完納できない場合には、「労役場留置」といって、裁判で定められた1日当たりの金額が罰金の総額に達するまでの日数分を労役場に留置させ、所定の作業を行わせるということもできますが、民事手続上はそのような制度も存在しません。

 したがって、せっかく苦労して得た勝訴判決も、相手方に一切財産がなければ画餅に帰してしまうことになるのです。

 報道によると、被害者の方のお母さんは、「加害者には時効があるが、被害者に時効はない。時効制度の不平等さにあらためて気付かされた。制度に一石を投じることになれば。」とおっしゃられていたそうですが、全くその通りであると思います。

 被害者は、時効を中断するための手続等に労力的負担・時間的負担・精神的負担・経済的負担を強いられ続ける一方で、加害者は、刑罰を終えれば、被害弁償などしなくとも、時効期間が過ぎれば損害賠償債務も消え(注3)、何ら通常人と変わりなく普通に生活できるというのでは、果たして本当にそれで良いのかとの疑問を感じずにはいられません。

 国家には、加害者に刑罰を受けさせるということだけに集中するのではなく、少しでも被害者の方に負担なく、加害者からしっかりとした被害弁償を受けられるような制度設計に取組んで頂きたいと切に願います。

 (なお、現行法上、被害者救済のための制度が全く存在しないという訳ではありません。例えば交通事故においては、まだまだあまり知られていない制度ですが、自賠責保険(共済)の対象とならない「ひき逃げ事故」や「無保険(共済)事故」にあわれた被害者に対し、健康保険や労災保険等の他の社会保険の給付(他法令給付)や本来の損害賠償責任者の支払によっても、なお被害者に損害が残る場合に、最終的な救済措置として法定限度額の範囲内で、政府(国土交通省)がその損害をてん補する政府保障事業という制度が存在します。この制度を利用すれば、例えば、バイクに乗った者からひったくり被害にあい、手に持っていたバッグを掴まれた際に転倒して怪我をしてしまったが、犯人が分からないといった事案であっても、政府から一定の保障を得られる場合がありますので、決して泣き寝入りせずに、最寄りの法律事務所等に一度、御相談されてみると宜しいかと思います。)

注1)確定判決によって確定した権利については、その時効期間は10年になります(民法174条の2)。

注2)時効の中断とは、それまで進行していた時効期間が振り出しに戻ることを意味します。

注3)被害弁償の問題について、「消滅時効の問題よりも、そもそも相手(加害者)が払えないといって自己破産したら、どうなるんでしょうか。」との御質問を受けることがよくあります。確かに、破産手続きにおいて、免責許可の決定がなされれば、債務の支払は免責されることになります。しかし、破産法上、免責されない債権(非免責債権)として、「破産者が故意または重大な過失により加えた人の生命または身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権(破産法第253条第1項第3号)」と規定されていますので、破産手続きによっても、容易に被害弁償を免れることができるわけではありません。

<弁護士 松隈貴史>

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