弁護士雑感

2016/03/15 弁護士雑感

【弁護士雑感】マンション標準管理規約の改正

 先日314日に、国交省作成の「マンションの管理の適正化に関する指針」及び「マンション標準管理規約」の改正が発表されました。

http://www.mlit.go.jp/report/press/house06_hh_000133.html

 「マンションの管理の適正化に関する指針」及び「マンション標準管理規約」はいずれも法令ではなく、あくまで指針や管理規約の見本に過ぎないものであって、法律上の強制力を有するものではありません。

 しかし、同指針や標準管理規約が国交省により策定されたものであるということを考えると、これを軽視することはできず、今後は同指針に沿った(「従った」ではありません)行動が求められ、また個々のマンションにおける管理組合においても同標準管理規約に沿った個別の管理規約が策定(ないし改正)されていくことになるものと思われます。

 その意味で、今回の上記改正は、今後のマンション管理組合の運営において、非常に重要なものであるということができるでしょう。

 ところで、マンションの管理を巡る紛争は意外にも多く、当事務所においてもこれまで多数の案件を取り扱ってきました。

 また、私事ではありますが、当職自身もマンション住まいであり、プライベートでもマンション管理の問題に直面したことがあります。

 その経験上、マンション管理を巡る紛争には、以下のようなマンション管理を巡る紛争特有の「類型的な紛争の火種」が存在し、その火種が炎上してしまった結果がマンション管理を巡る紛争を生み出しているのだと思います。

 ①マンション管理組合は共益費・管理費・修繕積立金などの費目で多額の金員を管理する

 ②管理組合役員の多くは長としての組織運営の経験のない一般のサラリーマンである

 ③管理組合に預託された権限は不明確であり、住民の中には管理に関する事項において管理組合の指揮に服する必要があるという意識の低い人が混じり得る

 ④管理業務の発注などについて管理組合役員の個人的なツテで依頼することも多い

 ⑤マンションは居住用不動産であり、好むと好まざるとにかかわらず居住し続ける他に方法がなく、転居等で紛争を回避することが容易ではない

 まず①についてですが、マンションは小規模なものから大規模なタワーマンションまでありますが、例えば100戸のマンションで、共益費、管理費名目で月額15000円としても月額150万円の徴収額になり、年額1800万円になります(これが総戸数300戸になろうかというタワーマンションで共益費・管理費合計が2万円だとすると月額600万円、年額7200万円にもなります)。

 ちなみに一般に、耐用年数が5年から10年程度の共用部の施設(例えば内廊下式のタワーマンションではエアコン、通常のマンション等でも省エネ効果を期待して廊下の電球をLED化するなど)を交換するとなると、その費用として合計数百万円単位の費用が必要となることも多いです。

 1戸1戸の額は少なくても、マンション全体でみれば、収支の金額は非常な多額になるということがご理解いただけるかと思います。

 そして、このような大きな金額を取り扱うのが、②多くは会社の経営者などではなく組織運営の経験もない一般のサラリーマンですので、こんな大きなお金を扱うことに対するどこか浮ついた気持ち・金銭感覚のマヒ・「(悪い意味での)他人のお金」という大盤振る舞いというべき判断など、不適切な判断に傾き易い傾向がどうしてもでてきます。※1

 また、③については個々のマンションの管理規約は必ずしも周知徹底されておらず、かつ管理組合の役員の多くが住民の持ち回りによる「今季限りの(あるいは今だけの)」役員であるということから、個々の住民の方の中には管理組合の役員といえども単なる住民と変わるものではないと考えていて、「マンション管理に関する事項については管理組合(ないし住民総会)の決議に従わなければならない」ということの理解や意識が乏しい方もおられます。

 さらに、④に関しても管理組合から実際の業務を外注する(例えば駐輪場の改装工事や各種イベントでの飲食物の仕出しなど)場合、ときとして管理組合役員さんの知人の工務店や飲食店などに発注することも多いようで、この場合いわゆるキックバックの存在や業者と提携しての過大請求の疑いなどが生じ得るものといえましょう。※2

 なお、⑤マンションは通常居住用に購入されるものであり、その購入代金も通常は高額であるために、紛争に巻き込まれたといってもおいそれと転居することが現実的に困難であるということも、紛争を深化させるものといえます。

 

 今回の改正は、このような類型的なマンション管理に関するトラブルについて、管理費等で行うことのできるイベント(忘年会や夏祭り等)を大幅に制限し、外部の専門家(弁護士等)を管理組合理事長等に登用できるように定めるなど、管理組合のいわば不透明だった部分を減らし、かつ残る不透明な部分の透明性を高めようというものであり、上記類型的な火種を少しでも減らそうとするものといえます。

 

 もっとも、今回の改正はいいことばかりではなく、この趣旨を、あまり杓子定規に適用することはマンション住民間の交流の機会を減らし、マンション住民間の円満な人付き合いを一定程度阻害してしまいます。また、弁護士などの第三者専門家を管理組合理事長等に登用すると別途の費用が発生してしまうでしょう。※3

 しかし、個々人の権利意識が発達した現代においては、小規模なアパート程度であれば格別、総戸数100戸を超えるようなマンションの管理・管理組合の運営は、もはや一つの企業活動であると考えて行動しなければならないと思えます。

 楽しいマンション生活と、円満なマンション内の近所付き合いのためには、旧来の「隣近所の人情」的な発想での行動は危険であり、一般企業や役所などに求められているものと同様に管理組合運営のための明確な制度の整備と会計基準の透明化、個々の住民が管理組合(及び役員)の手続きを経た指揮には従うという意識改革などが大切といえましょう。

 その意味で、今回の改正は、人間関係の機微を失わせるものであり、人間社会の面白みを減ずるものであるという懸念はありますが、無用のトラブルを防止し、マンションという逃げるに逃げられない居住場所の平穏を確保することに役立つという意味で、十分に評価に値するものといえます。

 マンションにお住いの皆さんには、一度目を通していただければと思ってやみません。

 ※1 着服や横領といった犯罪行為に手を染めるという意味ではありません。普段とは文字通り「桁の違う」お金の決裁権を突如与えられるわけですから、気持ちが大きくなることは避けられないでしょう。

 ※2 役員の知人に依頼するということは「信頼できる業者」を探すという意味で有効な方法ではあるものの、十分な説明を欠くと一般の住民の方から、「「お礼」と称しての酒食の提供や幾ばくかのキックバックがあるのでは」との疑惑が出ること自体も、まったく理由がないとはいえないでしょう。 

 ※3 具体的な費用についてはもとめられる業務内容や個々の弁護士ごとに異なります。これまであまり例のない業務(今回の改正で可能になった)なので実例を挙げられず、肌感覚としてなのですが顧問契約に準じるものとしておおよそ月額5万円程度でお受けする弁護士が多いのではと思っております。

<弁護士 溝上宏司> 

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