弁護士雑感

2016/02/16 弁護士雑感

【弁護士雑感】告訴告訴というけれど

 この「弁護士雑感」がなんだか時事ネタばかりを扱うかのようになってしまい、予想外のなりゆきに少し戸惑っています。

 そんなことを考えてはいますが、今日お話しすることも紛争が「告訴」合戦に至りそうだという時事ネタから連想したものです。やはり法律話題というのは時事ネタから連想するもののようです。

 私人間で法的なトラブルが生じた際に、その解決方法の一手段として「告訴」を行うというものがあります。

 これは一般の方同士のトラブルはもちろんのこと、有名人同士のトラブルにおいても時々見受けられる出来事です。

 特に最近は個々人の権利意識の高まりと、インターネットの発達に伴う表現手段の多様化などからくる名誉毀損的表現の増加、さらには紛争解決手段として(実際は適切な行動であるか否かは別にして)「告訴」を行うことが可能であるという情報が周知されたことなどもあり、従来に比べて「告訴」を行いたいと考える方の割合が増加しているように感じます。

 「告訴」とは、刑事訴訟法230条に規定されている制度であり、犯罪の被害者など一定の関係人が捜査機関に対して犯罪を申告し、処罰を求める意思表示のことです。

 ここでいう「捜査機関」というのは、例えば検察・警察というような一般の方が想像しやすいものから、海上保安部・都道府県労働局といったようなややマイナーな(失礼だったらすみません)ものもあります。

 とはいえ、一般の方が「告訴」をしたいと考えたり、ニュースなどで「告訴」がされたということを知る場合には、そのほとんどは検察または警察に対して「告訴」がなされたというものでしょう。

 そして、一般の方は「告訴」が受理されたということだけで、被告訴者が犯罪行為を行ったことが確定しているものであるかのような印象を受けるもののようです。これは、①俗に有罪率99%以上などと言われているような日本の刑事裁判における有罪率(すなわち起訴されればよほどのことがなければ有罪となる)及び②告訴を受理した以上捜査機関はほぼ起訴するだろうという素朴な推測によるものと思われます。

 しかし、このような「告訴」に関するニュースの見方は、あまり正しいものではありません。

 それは以下のような理由によります。

 まず、既にお話した通り、「告訴」をするべき捜査機関には、一般的な場合であっても検察と警察の二つの捜査機関が存在しています。

 そして、これが意外と知られていないのですが、検察に直接告訴をする場合(「直告事件」などともいいます)には、警察に「告訴」をする場合に比べて非常に緩やかに「告訴」を受理するという傾向にあるということです。そのため、警察に「告訴」をしようとするとなんだかんだと理由や不備を指摘され、なかなか「告訴」を受理してもらえないようなケースであっても、検察に直接「告訴」を行えばすんなりと「告訴」が受理されるということが多いのです。

 では、「告訴」は全て検察に行えばよいのか・・というと、そんなに甘い話ではありません。

 少し古いデータなのですが平成26年検察統計によると、検察官に直接告訴がなされた事案2561件のうち、起訴(公判請求・略式起訴を含む)まで至った案件はわずか40件であって、しかも不起訴の理由として嫌疑不十分・嫌疑なし・罪とならずといった「そもそも犯罪行為が存在していなかった」と考えられる場合が2392件にも上った(残りは起訴猶予相当)とされています(起訴率およそ1.5%)。

 これは、検察に対して直接告訴がなされた場合、検察としては法律の建前を重んじる立場からこれを受理する方向で処理するものの、間口を広げていることとの関係上本来であれば「告訴」されるべきではなかったような事案が相当数含まれているということを如実に示しているデータといえるでしょう。

 これに対して、警察に「告訴」がなされた件数は6619件であり、そのうち2013件が起訴に至っており(起訴率およそ30%)、警察では「告訴」の受理について相当間口を絞っている(犯罪成立の嫌疑が一定程度以上ないと「告訴」の受理に消極的)ものであるといえるでしょう。

 このように、検察に「告訴」が受理された場合と警察に「告訴」が受理された場合とでは、その後の起訴率は全く異なりますし、そもそも「告訴」を受理するか否かについての捜査機関(検察・警察)の判断基準も大きく異なります。

 一部報道や告訴者によるアピール(SNSやブログ、記者会見など含む)では、こういった違いを知ってか知らずか考慮せず、「『告訴』が受理されました」などと述べられ、まるで「告訴」の受理により、捜査機関が犯罪の嫌疑を認めたかのように述べられることがほとんどです。

 しかし、同じ「告訴の受理」であってもそれが検察に対する直接の「告訴」が受理されただけなのか、警察により「告訴」が受理されたのかをキチンと確認すれば、その「告訴」の受理がどのくらい法律的な意味のある出来事なのかについて、惑わされることなく正しく理解できるものといえるでしょう(※1)。

※1 もっとも、警察による「告訴」の受理であっても起訴率は30%程度に過ぎず、かつ仮に起訴されても有罪判決の確定までは「無罪推定の原則」が働くものであって、警察による「告訴」の受理ないし起訴が、犯罪行為の成立を意味するものではないということは十分にご理解ください。

<弁護士 溝上宏司>

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