2016/04/06 弁護士雑感
【弁護士雑感】労働者の解雇について
先月28日、本人の業績が悪いことを理由とする解雇は不当だとして、日本IBMで働いていた5人が雇用継続などを求めた訴訟において、東京地裁は「解雇は権利の濫用で無効」として5人全員の雇用継続と解雇後の賃金支払いを命じました。
そこで、今回は「労働者の解雇」について少し書いてみたいと思います。
当事務所においても労働問題に関する法律相談は頻繁にお受け致しますが、中でも「解雇」に関する御相談は未払い賃金の問題、セクハラ・パワハラに関する問題に次いで多い相談となっています。
まず、解雇に関しては、労働契約法16条に「解雇は、客観的に合理的理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合には、その権利を濫用したものとして無効とする」と規定されています。つまり、使用者が労働者を解雇するには、(1)客観的に合理的な理由と(2)当該解雇が社会通念上相当であると認められなければならず、(1)と(2)が認められるような事情が存在しない場合には、使用者は労働者を解雇することはできません。例えば、単に「気に入らない」などという主観的な理由で解雇することは(1)に反し許されませんし、一度や二度遅刻しただけで、いきなり解雇するといったことも処分としての相当性を欠き、(2)に反して許されないということになります。
近年、インターネットの普及に伴いこういった法律知識も広く一般に共有されるようになり、使用者の側でもコンプライアンスの重要性が浸透されてきておりますので、上記のように単に「気に入らない」などという無茶苦茶な理由で解雇通告を受けるということは通常考えられませんし、当職もそのような内容の御相談はお受けしたことがありません。
ただし、御相談内容をお伺いしていると、確かに表面上は(1)と(2)の要件を満たすような事情が挙げられてはいるが、実質は、単に上司の好き嫌いの問題が根底にあるのではないかと推認されるような相談や、(1)と(2)の要件を満たすような事情が無いにもかかわらず、使用者側から様々な方法で圧力をかけられ、自主的に退社せざるをえないように仕向けられているといった御相談は後を絶ちません。
法的には、(1)や(2)の要件を満たすような事情がなく、不当に解雇された場合、前述の労働契約法16条に従い、解雇の無効を争って再度元の職場に戻るということは可能ということになります。
しかし、実務上の話はそう単純ではありません。
弁護士としては、ここから更に、相談者の方にとって非常に酷な御説明をしなければなりません。それは、裁判を提起したとしても、仮に相手方が徹底的に争うということを選択した場合には、最終的な解決には通常1年以上は要するというデメリットの話です。
通常一般の方であれば、どのような裁判であっても、裁判をすること自体に精神的な御負担があると思うのですが、解雇を争う裁判となると、更に前提として収入源が絶たれていることから、経済的負担の問題があります。もちろん、前述のとおり、最終的に裁判で勝てれば職場に復帰することができますし、それまで支払われていなかった賃金についても遡って請求することができます。しかし、必ず勝てる裁判というものは存在しない以上、勝訴することを前提に、それまでは貯蓄を切り崩して生計を立てるというのはあまりに危険です。
したがって、通常は判決が出るまでの間は、新たな職を探して頂き、それにより生計を立てて頂くということになるわけですが、そもそも裁判に勝てれば元の職場に戻ることになることから、自動的に新たに就いた職については離れることになりますので、そのような条件からも裁判をしている間は正社員として働くのは非常に難しいことになります。また、仮に裁判に勝訴し、数年後に元の職場に戻れたとしても、数年も経てば当然周囲の環境も変わっておりますので、従前とおりに働くというのも現実問題として難しいのではないかと思います。
そのため、裁判をすれば勝訴できる可能性が極めて高いような事案であっても、このような実務上の問題点を御説明差し上げると、裁判による解決には価値を見いだせないと判断された方もいらっしゃいました。
現在のところ、解雇に関する罰則規定というものはありません(ただし、解雇予告手当てが支払わなかったりした際には罰則があります)。つまり、仮に上記判決のように「解雇は無効」であると判断された場合であっても、使用者に何か特別の罰が与えられる訳ではありません。
このような現状を踏まえると、不当に解雇された場合に、本当の意味で労働者を救う方法というのは未だ確立されておらず、今後も更なる検討が必要であると思います。
<弁護士 松隈貴史>