2017/04/06 弁護士雑感
【弁護士雑感】予防は治療に勝る?
一般の方がわれわれ弁護士にご相談に来られるということは、おおむねなにがしかの紛争に巻き込まれていることがほとんどです。
「予防は治療に勝る」とは医療の世界の言葉ですが、同じことは法的紛争においてもあてはまります。
しかし残念ながら予防が不十分であったために紛争となり、しかも事前の対策が不十分であったために思いもよらない不利な判断を受けなければならなくなるということも多いのが実情です。
そこで、今回は典型的なケースを挙げながら、如何に「予防」が大切かということをご理解いただければと思います。
Case.1 金銭消費貸借契約の場合
金銭消費貸借を巡る争いの典型例は、やはり「貸した金を返してもらえない」というものです。
このような金銭消費貸借を巡る争いはさらに細かく分けると①そもそもお金を借りていないと言われて返してもらえない②お金は借りたが既に返済済みだと言われて返してもらえない③お金を返さなくてはいけないと思っているが返済能力がないので返せないというものに分類されます。
この場合、上記①ないし③のうち実は最も厄介なのは③です。
①と②についても弁護士の出番となるほどに紛糾しているということは、契約書や領収書などという重要な書類をキチンと作成しておらず、そのために証拠による証明が困難であるというケースが多いのですが、それとて実際のお金の出入りやお金の貸し借りに前後するメールなどのやり取りなどのその他の方法により立証することさえできれば十分に意図する解決を図ることが可能であると言えます。
しかしながら、③の場合については現在の日本の法制度を前提とする限り、手の打ちようがないということになってしまいます。※1
もちろん、借主の「返済の能力がない」という主張が単なる言い逃れで、本当は財産を持っているとか、定期的な収入がある(勤労していて給与所得があるなど)場合には回収する方法もありますが、本当に財産を持っていない人からは回収できないということは、じつは一般の方には「感覚としては」なかなか理解していただけないことのようなのです。
当事務所へご相談に来られる方の中にも、既に紛争となってしまった貸金の返済を受けたいという方の他、ときおり「親戚や知人から借金の申し込みを受けているが、確実に返済を受けられるようにした上でお金を貸したい。そこで確実に返済を受けることのできる方法を教えてほしい。」という趣旨のご相談をされる方がいらっしゃいますが、そのような場合は「確実に返済を受けることのできる方法は存在しない。お金を貸すことを断った方がよい。」とアドバイスを差し上げることとなります。※2
Case.2 離婚の場合
離婚を巡る争いについては、離婚を希望する側が男性であれ女性であれ、弁護士に相談に行き離婚意思が固いことを告げた上で他方配偶者に対して弁護士名で離婚を求める通知を行ってきたという時点においては、残念ながらもはや円満な夫婦関係修復の可能性はもはや極めて低いものといわざるを得ません。
相手方が弁護士まで相談にいっているということは、相手方の離婚意思は確定的なほどに強固であり、これが覆る可能性は皆無といってよいほどに低いといえるからです。
もちろん、法律上の離婚原因がない離婚請求に対してはこれを争い、最終的に判決で離婚を認めないとの判断を得ることは可能ですが、だからといって相手方が考え方を改めて、夫婦関係の修復に前向きになってくれるということはほとんどありません。
そのため、円満な婚姻生活の継続を希求する方は、婚姻関係が円満なうちから、円満な婚姻関係を維持するための努力を惜しみなく継続しておく必要があるのであって、特に相手方が離婚を希望して弁護士に相談に行くなどした時点で慌てても手遅れであるということがほとんどなのだということを理解しておく必要があります。※3
ただし、相手方配偶者が有責であるにもかかわらず離婚を強行しようとしている場合には、離婚したくない方は単なる被害者であり、そもそも予防の方法など存在していなかったという外ありません。
Case.3 契約トラブルの場合
売買契約・賃貸借契約・委任契約・請負契約・寄託契約など、さまざまな契約類型がありますが、契約トラブルと称されるものの多くは、契約締結時にきちんとした形で契約書などの作成を行っていなかったことに起因するものです。
もっとも、このことをもう少し分析的に見てみると、本当の問題は「契約書を作成しなかったので証拠としての契約書がないこと」ではなく、「契約書という形で契約締結時に確認を行っていないので、双方の認識が微妙に異なってしまっていること」であるというケースが意外と多いのも事実です。
これは売買契約や賃貸借契約という一般の方でも比較的なじみの深い契約類型よりも、請負契約や委任契約というような一般の方には権利義務関係が感覚的に理解しにくい契約類型に多いトラブルであるともいえます。
そのため、契約を締結するにあたっては、「この契約で一体どういった(どこまでの)業務を行ってもらえるのか(ないしどこまでの業務を行わなければならないのか)」や「この契約は請負契約であるのか委任契約であるのか」ということを明確に定めておくことがとても大切です。※4
これらの多くは事前に適切な行動を取ることにより、そもそも紛争が生じなかったか、あるいは紛争となっても争いを比較的有利にもっていけるものなのですが、それを怠った場合には、予期せぬ不利益を受けることの多いものということができます。
このような予期せぬ不利益を受けないように、契約締結などに際して少しでも気になること、違和感を持たれた際には、ぜひ弁護士までご相談いただくことを強くお勧めしたいと思います。
以上はあくまで典型的なケースであって、まだまだ沢山の事例をご紹介したいのですが、長くなってきましたのでひとまずここで筆を置くことにします。
※1 現行法では債務者を強制的に労働させたり、強制的に借り入れを行わせて返済を受ける方法は存在しません。
※2 もちろん、十分な物的担保(不動産に抵当権を設定する)を提供させるなどの方法はありますが、そもそもそのような人は知人からお金を借りようとはしません。また、公正証書の作成や人的保証(保証人等)ではやはり確実な回収を保証することはできません。
※3 インターネット上で見つけた言葉ですが「何もしてないのに離婚を突きつけられたのではなく、何もしてなかったから離婚を突きつけられたのだ」という言葉は含蓄に富んでいます。
※4 おおまかにいうと請負契約とは「仕事を完成させること」が契約上の義務でるのに対して委任契約では「委任された業務を行うことそれ自体」が契約上の義務となります。そのため、委任契約においては何らかの理由により当初期待していた結果が生まれなくても、原則として受任者の義務違反はなく報酬の支払い義務が生じます。
<弁護士 溝上宏司>