弁護士雑感

2024/02/08 弁護士雑感

【弁護士雑感】性被害と名誉毀損

少し前ですが故ジャニー喜多川氏による性加害報道以降、メディアで著名人による性加害問題が大きく取り沙汰されることが増えたような気がしています。※1
今、世間を非常に騒がせている松本人志氏や伊藤純也選手に関する報道もその一つです。

当職は個々の事案について何かお話を聞いたことがあるというわけではなく、単に報道で見ている程度の情報しかありませんので、ここで事案の内容(特に名誉毀損成立の有無や可能性)についてあれこれと解説をすることはできません。

ただ、このような「性加害事件と、それが報じられた場合の名誉毀損」について、「一般論」として、民事上・刑事上の立証活動というものについてお話をしてみようと思います。

1 性加害の存在を直接立証する証拠
  多くの(と言いうかほとんどすべての)性加害事案については、性加害の損害を証明する直接的な証拠というものは基本的に「ほぼ」ありません。
  もちろん、被害者による「性被害を受けた」という供述自体も重要な「証拠」ではあるのですが、いかんせん一方当事者の供述ですので、「証拠としての価値は高いが証明力という点では鵜呑みにはできない」といわざるをえません。
  他方、もしも加害者と言われている側が性加害行為の存在を認めていればこれは「証拠としての価値も高く、証明力も申し分のない証拠」があるといえますが、争いとなっているということは加害者と言われている側は性加害行為の存在を認めていないわけですから、こういう証拠があるということは通常ありません。

  その他、「性行為」というものの性質上、通常は映像や音声などでの記録が残っているということもありませんので、結局は「水掛け論」のような様相を呈してくる・・ということになります。

  なお、これは一般の方には誤解されていることも多いのですが①性加害を受けた被害者が被害申告や刑事告訴をするまで長い時間が経っているということは、直ちに性加害行為がなかったことを推認させるものということはできません。※2

  逆に、②初期の協議の中で、一定の謝罪らしい意思が示されていたというような事情がただちに性加害の存在を推認させるものであるということもできません。※3

  このようなことから、性加害行為の有無について、これを直接的に証明する証拠というのは実はなかなか考え難く、立証の点では難儀することになるのが通常ということになります。

2 間接事実(状況証拠)での立証
  そのため、通常は性加害の有無を直接的に証明するのではなく、間接事実の積み重ね、状況証拠、場合によっては再間接事実からの推認などを経て、性加害の有無というものと判断することになります。
(1) 性加害を推認させるもの
性加害の存在を推認させる間接事実としてみると、ぱっと思いつく一般的なものとしては①性被害の(なるべく早いうちに)警察に相談したという事実②同じく友人・知人・親族などの相談したという事実③弁護士などに相談したという事実④産婦人科で性被害への対応となる診察を受けたという事実⑤性加害者側に対して性被害の事実を詰問し、謝罪や賠償を求めたという事実⑥自身の日記などでもよいので「性被害当時」の記録として、性被害に遭った事実の記載があること
などでしょうか。①から➄に共通しているのは、「性被害がないと行わないが、性被害を受けたものとして『通常行うのではないかと思われる行動』である」ということです。
もちろん、上の方で述べた通り、性被害後は精神的なショックで何もできない、誰にも言えないということは珍しいものではありませんので、上記①から➄の事実がないことが「性被害を否定するもの」にはなりませんが、他方上記①から➄の事実があると性被害の存在を強く推認させるものとなります※4

ちなみに⑥の日記などは、本来は「一方当事者が一方的に作成したもの」に過ぎないのですが、例えば「詰めて書かれていて後日追記や修正が難しい体裁」などの場合には、裁判所から「まだ争いになってもいない時点で敢えて嘘の性被害の事実を書き残す理由はない」というようなロジックで、一定の信用を得ることが期待できるものです。

(2) 性加害を否定するもの
逆に、性加害の事実の不存在を推認させるものとしては、➆性加害行為があったとされている日よりも後に、「ごく日常的なやり取りがなされている」⑧性加害行為があったとされている日よりも後に、「性被害者側からのアクションで性加害者側に接触を図っている」などなどということになるかと思います。
もちろん、⑩性加害行為があったとされている日時に、別の場所にいた(いわゆるアリバイ)というような直球の事実があればもっとも重要なものとなるとは思いますが、通常はそのような証拠は見つかりません。

これは要するに「常識的にみて性加害者と性被害者との間で行われるやり取りではないやり取り」は性加害の存在を否定する方向で働くということです。
そのため、➆はいわゆる「今日はありがとうございました」とかのお礼ではなく、特に意味のない例えば「今日のテレビ、○○が面白かった」というような、中身のない「日常的な」「雑談調」のものである方がより望ましいものといえます。※5

3 性加害の事実の有無に関して、これが報道されるなどし、あるいは刑事告訴などされた場合には、性加害者をされた側からは民事上は名誉毀損等の損害賠償請求、刑事的には虚偽告訴罪での逆告訴などがなされることがありますが、その立証は難しく、上記のような間接事実の積み重ねで、裁判所(刑事事件として起訴不起訴を考えるならば検察官)に確信を持たせる必要があります。

  具体的な立証のポイント(あくまで一般論ですが)は上記のようなものかと思いますが、実際にはそれらすら証明することができず、結果としては本当に「水掛け論」に終わってしまうことも多いというのが印象です。

  その場合、民事上は証拠不十分で訴え出た方の敗訴、刑事上は嫌疑不十分で不起訴となるのだと思いますが、密室性の高い性加害(性被害)事案については被害を訴える側、加害者と訴えられた側の双方ともに、容易ではない立証の負担がある・・ということと、裁判というシステムの一つの限界を示している事案類型であると思います。

〈弁護士 溝上宏司〉

※1 もっとも、それよりも前からでも著名人の「不品行」として、性加害問題が報じられることはありましたが、「社会問題」として取り上げられるほどになったのはジャニー氏の件のころから・・のような印象です。
※2 性被害の深刻さや心身に与える影響から訴え出るまでに相当の時間を要することや、社会周辺環境の変化があって初めて訴え出ることができるようになった・・ということは珍しくはないからです。
※3 性加害については訴えられただけで大きな社会的ダメージを負います。また被害者と称する人と加害者と言われている人との間には何らかの関係があることが通常ですので、「性加害の有無は別にして、穏便に済ますため」に「不愉快な思いをさせて申し訳なかった」という程度の謝罪的意思表示を行うことも珍しくないからです。
※4 個人的には④➄あたりが極めて大きなものとなると思っています。
※5 因みにこれは当職が担当したわけではなく、知り合いの弁護士から又聞きしただけの話ですが「性被害者が警察に相談し、警察が被疑者確保のために加害者とされている人をデートの誘いに託けて呼び出すように被害者に依頼したところ、加害者とされている人が『バラの花束とプレゼント』をもって現れたケースで、裁判所が「性加害者の行動としては不自然」として無罪判決を下した」というようなものがあるそうです。
現場警官の困惑を思うと少し面白いです。

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