弁護士雑感

2022/12/14 弁護士雑感

【弁護士雑感】ツイートのいいねについて

 ジャーナリストの伊藤詩織さんが、自身を誹謗中傷するTwitter上の複数の投稿に「いいね」を押され、自身の名誉が傷つけられたとして、ある国会議員に対し220万円の損害賠償を求めた訴訟において、東京高裁は10月20日、当該議員に対して55万円の支払いを命じました。

 SNSの普及によって名誉毀損という犯罪が非常に身近に感じられるようになった昨今において、非常に重要な判決であると思いますので、今回は本件訴訟について書かせて頂こうかと思います。

 まず、伊藤さん側の訴状等によると、当該議員は平成30年の6月からTwitter上の匿名アカウントによる伊藤さんを誹謗中傷するツイート(「枕営業の失敗」、「自分の望みが叶わないと相手をレイプ魔呼ばわりした卑怯者」、「カネをつかまされた工作員」、「ジャーナリストになる為のコネを作ろうとホテルに行ったのに、上手くいかなかったと分かるとレイプされたと虚言を吐き始めたのです。」等25件)に対し、「いいね」を押していたということであり、裁判では、上記誹謗中傷ツイートに対して「いいね」を押した行為が伊藤さんの名誉を傷つけるものとして、不法行為責任を問えるかが争点となっていました。

 伊藤さん側は、「中傷に対して『いいね』を押して好感を宣明したことは、それを目の当たりにした原告に対する、社会通念上許される限度を超えた名誉感情侵害行為に当たる」とし、当時11万人のフォロワーがいた当該議員による「言動の影響力は絶大」だと主張していました。一方で、当該議員側は「いいね」を押す行為は「ブックマーク機能として行ったもので、誹謗中傷の意図もない」などと反論し、請求の棄却を求めていました。

 一審の東京地裁は、Twitterの「いいね」ボタンは好意的・肯定的な感情を示すものとして用いられることが多い一方で、ブックマークなどの目的で使われることもあると指摘し、その上で「いいね」自体からは感情の対象や程度を特定できず、「非常に抽象的、多義的な表現行為にとどまるもの」だとの判断を前提に、「『いいね』を押す行為は、原則として社会通念上許される限度を超える違法な行為と評価することはできない」として、伊藤さん側の請求を棄却しました。

 正直、私はこの判決を見たときは、道義的な感情論はさておき、裁判所としてはこの様な判断にならざるを得ないのかなと思っていました。

 しかし、伊藤さん側は一審判決について、「『いいね』がなされた経緯や文脈に入り込まず、原則として違法ではないと結論づける判断は明らかに誤り」などとして控訴し、結果的に、控訴では伊藤さん側の主張が認められ、逆転勝訴となりました。

 すなわち、一審は当該議員が「いいね」を押した前後の経緯や事情については特段踏み込まず、一般論としての「いいね」を押す行為について言及するにとどまっていた一方で、東京高裁は、本件において「いいね」を押す行為はどのような意図でなされたものであったのかについて具体的に検討し、今回の「いいね」を押す行為が複数回に及んでおり、当該議員自身のブログやツイッターで伊藤さんに対する揶揄や批判を繰り返していた経緯を踏まえ「名誉感情を害する意図があった」と認定することで、結果的に当該議員の「いいね」を押した行為は違法であると結論付けました。

 したがって、仮に当該議員が伊藤さんに対して何ら自身の見解等について表明しておらず、単に「いいね」を押していた場合の様に、どのような意図で当該議員が「いいね」を押したのか不明であった場合には、不法行為責任が認められることは無かったものと考えられ、今回の東京高裁の判断は、あくまでも名誉毀損をしているツイートに対して単に「いいね」を押しているということだけを理由に「違法である」と認定しているわけでは無いということは御注意頂く必要があります。

 当方としては、完全に個人の感想ですが、道義的にも法的にも納得のいく判決文であるとの印象を抱かせて頂きました。

 なお、完全に余談ですが、伊藤さんの代理人として就かれた佃勝彦先生の書かれた「名誉毀損の法律実務」という本は、簡単なようで実はかなり奥が深い「名誉毀損」という問題について非常に分かりやすく解説がなされており、名誉毀損の案件を扱うことが多い当方も非常にお世話になっております。名誉毀損に興味のある方は是非一度お手に取られてみることをお勧め致します。

〈弁護士 松隈貴史〉

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