弁護士雑感

2020/09/30 弁護士雑感

【弁護士雑感】「飲酒」運転について

昨今、いわゆる「飲酒」運転について、世間では非常に厳しい目が向けられており、先日も有名な方について酒気帯び運転の疑いで逮捕されるというニュースを拝見しました。

私はニュースでしか見ておりませんし、被疑事実についての認否なども詳しくはわかりませんので、具体的な内容について踏み込んだ発言をするつもりはありません。

ただ、「飲酒」運転に関するネット上のコメントや、各コメンテーターなどの発言を見ていると、解説員などの多少なりとも法律に詳しい方の発言はともかく、そうでない方の発言はやや正確性を欠くのではないかと思われるものも散見されます。

そこで、今日は「飲酒」運転というものについて、少し書かせていただこうと思います。

1 酒気帯び運転と酒酔い運転

  一般に、「飲酒」運転といわれると、その多くは「酒気帯び運転」であることが多いです。

 「酒気帯び運転」とは、呼気中アルコール濃度が1リットルあたり0.15ミリグラム以上となった状態で自動車を運転することをいい、酔いの程度は問いません。※1

 これについて、呼気中アルコール濃度とは、要するに体内にどれだけのアルコールがあるかという単純に数字上の問題ですので、極めてアルコールに弱い人(酔いやすい人)であっても、非常にアルコールに強い人(酔いにくい人)であっても、みんな平等に数字が出ます。違いがあるとすればせいぜいが体格に起因する違い(体格が大きな人は同じ量のアルコールを摂取しても全血液量などの母数が大きいので多少は濃度が上がりにくい)くらいですが、職業力士などのような特別に大きな体格をしている人以外では、個人差としてはそれほどの違いはないものというべきでしょう。

 他方「酒酔い運転」とは、「アルコールの影響により正常な運転ができない虞がある状態」で自動車を運転することをいい、体内の呼気中アルコール濃度を問いません。

 そのため、酒に酔いやすい体質の方であればそれこそ一口の飲酒でも酒酔い運転となることもあるでしょうし、逆に酒に非常に強い方であれば大量に飲酒したとしても酒酔い運転にはならないかもしれません。※2

 このようなことから、いわゆる「飲酒運転」には、①酒気帯び運転にはならないが酒酔い運転にはなるケース、②酒酔い運転にはならないが酒気帯び運転にはなるケース、③酒気帯び運転にも酒酔い運転にもなるケースがあるものということができます。

 ただ、酒気帯び運転は上記した通り「呼気中が基準値を超えているか否か」というものであるため、検査で数字化し、記録化することが容易なものであるのに対し、酒酔い運転は「アルコールの影響により正常な運転ができない虞がある状態」であるか否かという、数字化になじまないものであり、検査者の主観的判断に頼らざるを得ないものであるということが出来ます。※3

 そのため、立証の容易さなどの観点から、実務的には酒気帯び運転での立件が非常に多く、酒酔い運転での立件はどちらかというと少ないというのが実感であるといえます。

2 アルコール濃度の程度

 上記の通り、酒気帯び運転においては呼気中アルコール濃度1リットルあたり0.15ミリグラム以上という基準があるため、報道などでもこのラインを意識した報道がなされることが多いのですが、時々それを超えて例えば「呼気中アルコール濃度は1リットル当たり0.75ミリグラムを超えていた」などと言うように、具体的なアルコール濃度が示されることもあります。

 このアルコール濃度、どのくらいであればどのような影響があるのかということは必ずしも明らかではなく、個人差があることは否めないのですが、公益社団法人アルコール健康医学協会のHPによると、おおよそ血中アルコール濃度0.02%から0.04%(呼気中アルコール濃度でおおよそ0.1ミリグラムから0.2ミリグラム)程度が「爽快期」、0.05%から0.1%(同じく0.25ミリグラムから0.5ミリグラム)程度が「ほろ酔い期」、0.11%から0.15%(同じく0.55ミリグラムから0.75ミリグラム)程度が「酩酊初期」、0.16%から0.3%(同じく0.8ミリグラムから1.5ミリグラム)程度が「酩酊期」とされており、それ以上となると「泥酔期」「昏睡期」と続くようです。

 各酩酊度が具体的にどのようなものであるのかは、上記HPでご確認いただければと思いますが、通常の飲酒の場において、「酩酊初期」というのは「かなり酒に酔った状態であり、ふらついたり、発言や態度などが通常とは異なるようになる」状態であり、一般に「飲みすぎだよ」といわれる程度、「酩酊期」とは「千鳥足になり吐き気や嘔吐などをするというもの」であり、介助が必要な程度というものになりますので、到底安全な運転を行うことが出来るものとはいえません。

 また、仮に「爽快期」であったとしても酔いの影響で判断能力の低下や反射能力の低下がみられ、自動車の運転などのとっさの判断と反射が求められる行為を行うことはとても危険な状態となるものといえます。

3 アルコール濃度の低下までの時間

 飲酒運転をした方の弁明で、よく「前の晩に飲酒したが、その後睡眠をとったのでもうお酒は抜けていると思っていた」というものがあります。

 これは、一つには①飲酒から時間がたっているので体内にアルコールは残っていないはずであり、検査結果は間違いであるという意味の時もありますし、②もしも体内にアルコールが残っていたとしても、自分はそのことを知らなかったし、かつ知らなかったことについて過失もないという意味であることもあります。

 法律的な分類でいえば、前者は「体内にアルコールを保持したままで自動車を運転した」という事実の否認でしょうし、後者は酒気帯び運転の故意の否認であるということになります。※4

 この後者の場合、果たして本当に酒気帯び運転の故意がなかったかという点で問題となるのが直近の飲酒からどのくらいの時間が経過しているか、すなわち「体内のアルコール濃度が低下するまでの時間はどのくらいであるか」になります。

 体内のアルコール濃度がどのくらいの時間で低下するかについてはアルコール分解に関する個人差がかなりあるといわれますし、同一人物であっても体調などによりかなり大きな影響を受けるものと言われていますが、それでも敢えて一般化するのであれば、通常のアルコール分解能の持ち主が、通常の体調で、通常量程度の飲酒であれば8時間程度は必要であると考えればそれほどズレはないものというのが一般的な考え方と思われます。

 ただ、何をもって「通常」というのかは明確ではありませんし、自分では気づかないうちに「多量の飲酒」をしているということもあります。

 そのため、個人的には飲酒をしてから運転までは、「少なくとも」10時間以上、できれば運転の前日は飲酒を控えるということが望ましいものと考えています。

 なお、最高裁判例ではありませんが、東京高等裁判所の判断で、「飲酒後15時間を経過した段階で、酒気帯び運転の故意がなかったという被告人の主張」について、これを認めたうえで、無罪判決を下したものがあります。

 これは「飲酒後15時間が経過していた」というだけではなく、その他にもいくつかの事情があり、それらも相まって酒気帯び運転についての故意がなかったことが認められたものではありますが、それでも「飲酒後15時間が経過していた」ことは重要な判断要素となっているものですので、一つの参考になるものということが出来ます。※5

4 飲酒運転が社会問題化し、飲酒運転について世間から厳しい非難の目が向けられるようになってすでにずいぶん経ちますが、まだ社会から飲酒運転がなくなったとは言えません。

 我々自動車を運転するもの一人一人が飲酒運転の危険さを改めて認識し、社会から飲酒運転がなくなるよう、皆様もご注意をいただければと思います。

〈弁護士 溝上宏司〉

※1 なお、呼気中アルコール濃度が1リットルあたり0.25ミリグラム以上となると、刑事罰としては変わりませんが行政処分においてより大きな罰則を受けます。

  また、罰則はありませんがそもそも濃度に関わりなく体内にアルコールを保有して運転をすること自体も禁止されているものです。

※2 誤解のないように繰り返しますが、酒酔い運転とならずとも酒気帯び運転にはなりますし、そもそも酒気帯び運転の基準値未満であっても体内にアルコールを保有して運転をすること自体が違法なものです。

※3 まっすぐに歩けるか、よろけずに屈伸できるかなどの運動能力や、会話や簡単な計算をさせるなどにより判断能力思考能力を確認し、それを映像で記録するということはできますが、「どの程度の影響」があれば「アルコールの影響により正常な運転ができない虞がある状態」といえるのかという点で結局は主観的判断を排除することはできません。

※4 酒気帯び運転は故意犯ですので、酒気帯び運転であること(体内アルコールを保有して自動車を運転したこと)について故意がなければ犯罪は成立しません(その意味で「過失もない」との部分は意味はないものです)。

※5 東京高等裁判所平成24年5月14日

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