弁護士雑感

2019/12/16 弁護士雑感

【弁護士雑感】埼玉県熊谷市で住民6人の方が殺害された事件について

 今から4年前の2015年9月に、埼玉県熊谷市で次々に民家に侵入して、合計6人の方を殺害したとして、さいたま地裁の裁判員裁判で死刑を言い渡されていたペルー人の被告人に対して、控訴審である東京高等裁判所が、「精神障害の影響が非常に大きく、責任能力が十分ではなかった」ことを理由に、さいたま地裁の出した死刑判決を取り消し、「無期懲役」を言い渡しました。

 まだ、東京高等裁判所が出した判決の全文は入手出来ていませんが、私としては、さいたま地裁の判決については全文を読み、至極妥当な認定であるとの印象を持っていただけに、今回東京高裁の出した取消判決には少し思うところがあるので、そのことについて書こうと思います。

 本件については、あまりに凄惨な事件であり、御記憶にある方も多いと思うのですが、簡潔にどういう事件であったか説明させて頂くと、この事件の犯人は、平成27年9月14日に、金品奪取目的で住居に侵入し、そこに住む2名の方を包丁で突き刺して殺害し(第1事件)、翌日の15日にも、金品奪取目的で第1事件とは別の方の住居に侵入し、そこでもそこに住む1名の方を包丁で突き刺して殺害し(第2事件)、第2事件の発覚を防ぐために第2事件の被害者の方の遺体を、和室から風呂場に移動させて浴槽内に入れ、フロアマットをかぶせた上で、同浴槽に蓋をかけて隠匿し、その後、さらに金品奪取の目的で、別の方の住居に侵入し、そこに住む3名の方(当時10歳と7歳の子どもを含む)を包丁で突き刺して殺害し(第3事件)、第3事件の発覚を防ぐため、一人の方の遺体をトイレからクローゼットに移動させ、遺体に敷毛布をかぶせた上、同クローゼットの折戸を閉めて隠匿し、2名の子どもの遺体を、順次、寝室からウォークインクローゼットに移動させて、両名の遺体を重ねて同所に入れた上、これに敷パット等をかぶせて隠匿したという事件です。

 この事件の大きな特徴として挙げられるのは、被告人には「殺害されるかもしれない」という誇大妄想を抱えた統合失調症が認められ、そのこと自体は検察側としても争っておらず、当該統合失調症の存在が、責任能力にどの様に影響するかが大きな争点となりました。

 責任能力については、御存じの方も多いと思いますが、刑法第39条には次のように規定されています。

刑法第39条

1 心神喪失者の行為は、罰しない。

2 心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。

本事件において、1審のさいたま地裁は刑法39条の適用はないとの判断を示し、検察官の求刑通り被告人に死刑判決を言い渡しましたが、東京高裁は、被告人は犯行当時、心神耗弱状態にあったとして、刑法39条2項を適用し、刑が減軽されるべきとの判断を示し、被告人に対し無期懲役を言い渡しました。

 ここに、心神耗弱者とは、「精神の障害により行為の違法性を弁識する能力、またはそれに従って行動する能力が著しく低い者をいう。」とされていますが、ここで敢えて「著しく」との文言が使われているのは、心神耗弱を理由とした刑の減軽を安易に拡大しすぎないようにするためであると解されています。

 本件事件において、確かに被告人は、自分が命を狙われているという妄想を信じ、精神的に混乱をきたしていたのは間違いないようですが、人を殺すという行為だけでなく、お金を奪い、遺体を隠匿までしていることからすると、少なくとも自分が何をし、それが明るみに出ることによって罰せられるということまではしっかりと理解できていたことは間違いなく、その様な妄想の存在によって、行為の違法性を弁識する能力、またはそれに従って行動する能力が著しく低くなっていたとまで認定できるのかという点については、大いに疑問が残るところです。

 そもそも、判例上は、「被告人の精神状態が刑法39条にいう心神喪失又は心神耗弱に該当するかどうかは法律判断であって専ら裁判所に委ねられるべき問題であることはもとより、その前提となる生物学的、心理学的要素についても、右法律判断との関係で究極的には裁判所の評価に委ねられる問題である。」との立場を採用しており、精神科医などの専門家の意見には縛られないことを明らかにしていることからすれば、やはり、可能な限り民意を刑事裁判において反映させるという本来の裁判員裁判創設の目的に鑑み、裁判員裁判によって導き出された「心神耗弱には当たらない」という裁判員裁判の判断結果について、東京高裁は尊重すべきだったように思います。

 以前にも同じような問題提起をさせて頂きましたが、裁判員裁判の結果について、結局、裁判官だけで判断される控訴審の判断によって何の制約もなく容易に覆されるのであれば、単なる税金の無駄遣いであることは間違いなく、当職としては、そもそも1審を裁判官だけで構成する裁判体に審理させ、控訴審から裁判員裁判の対象となるという制度に変更すべき様に思います。

 皆様は、最近の裁判所の判断にどの様な感想を持たれているでしょうか。

〈弁護士 松隈貴史〉

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