弁護士雑感

2019/01/28 弁護士雑感

【弁護士雑感】保釈という制度

 現在、日産の元会長であるカルロス・ゴーン氏の身体拘束について、弁護側が保釈請求を行ったが裁判所がこれを認めないという攻防(?)がニュースに取り上げられております。

 当職としてはこのゴーン氏についての嫌疑について、事実関係がどうであるのかということは何の情報もありませんので、無責任にここで論評はしませんが、報道やインターネット上のコメントなどを見ているとどうも「被疑者被告人の身体拘束」と「保釈」という制度に誤解があるのではないかと思われるような報道やコメントも散見されます。

 そこで、今日は身体拘束・保釈というものについて少しお話をさせていただこうと思います。

1 被疑者段階(起訴前)について

  まず、前提として刑事事件の被疑者となった場合、身体拘束を受けるか受けないかという区別があります。

  一般に理解されている「逮捕」や「勾留」された場合、身体拘束がなされたものといえますが、刑事事件の被疑者となった場合に必ず「逮捕」「勾留」がされるわけではありません。

  警察から任意での取り調べを受け、警察署への出頭要請などがなされるだけで、普段は自由に生活をして特に行動の自由に影響がないということもあります。このような捜査を「在宅」での捜査などといいますが、このような表現を見たことのある方もおられることと思います。※1

  被疑者段階において警察で「逮捕」がなされると48時間以内に検察へと送致され、さらに検察において24時間以内に「勾留」請求がなされ、裁判所により「勾留」決定がなされれば「勾留」として身体拘束が行われます。

  もちろん、「逮捕」だけで「勾留」請求が行われないこともありますし(その場合、そこからは「在宅」での捜査となります)、「勾留」請求が却下されることもあり得ます(とはいえ、勾留請求却下の割合は非常に低いです)。

  「勾留」がなされると通常10日、その後「勾留」延長がなされるとさらに10日、最大で20日間「被疑者勾留」が継続されます。

  なお、この「被疑者勾留」の段階では、法律上「保釈」という制度は存在しておらず、「保釈」を受けることはできませんし、そもそも「保釈」請求を行うこともできません。

  ただし、検察官としては最大で上記の20日以内に「起訴するか起訴しないか」の判断をしなければならず、仮に20日以内にその判断ができなければ「勾留」を継続することはできず、以降は「在宅」での捜査を行わなければなりません。※2

2 被告人段階(起訴後)について

  「勾留」されている被疑者が起訴されると、当然に「被告人勾留」へと身体拘束が切り替わります。 

  この「被告人勾留」は、最大2か月ですが、何度でも延長が可能なため、事実上刑事裁判の終了まで、継続して身体拘束を続けることが可能です。

  この「被告人勾留」に切り替わると、法律上「保釈」の請求を行うことが可能となります。

  保釈請求に際しては、通常保釈の必要性、保釈の相当性などを主張し、同時に身元引受人に身元引受書などを提出します。

  「保釈」が許可されるかどうかは裁判官の判断によるのですが、「保釈」が許可される際には保釈保証金が設定され、「保釈」決定だけではなく保釈保証金の納付がなされて初めて身体拘束が解かれることになります。※3

  他方、「保釈」が許可されなかった場合には「被告人勾留」が解かれることはありません。

3 「保釈」が認められるかどうかについては、被疑事実についてこれを否認し、争う姿勢を示している場合、厳しい判断がなされることが多いです。

  これはややもすると「保釈を受けたければ罪を認めろ」ということにもなりかねず、「人質司法」などと批判されるところでもあります。

  この場合に保釈を認めない理由として、裁判所はよく「逃亡の虞がある」とか「罪証隠滅の虞がある」などと述べるのですが、その「虞」の具体的な内容はあまり語られず、かつすでに隠滅する証拠など存在していないと思われるケース(捜査機関が必要な証拠は押収済みなど)であっても、漠然とした「虞」の存在で保釈を認めないことも多く、これも「人質司法」との批判を受ける要因となっています。

  この「被告人勾留」における保釈請求は起訴された後であればいつでもできるのですが、通常は①起訴後直ちに②第1回公判期日のあと③検察官請求証拠の取り調べ後④弁護側立証の終了後などの各タイミングで行うことになり、そのほとんどは①または②のタイミングで行います。

  ただ、一度却下された保釈請求については、同じタイミングで事情の変更もないままに再請求をしても、認められる可能性は極めて低いですので、各タイミングごとに一度だけのチャンスであると考えておいた方が現実的といえます。※4

4 また、保釈を許可するにあたって、裁判所は保釈条件を附すことができます。

  通常は①定められた制限住所地での生活②裁判所への出頭の確約③国外旅行・国内3日以上の旅行の禁止(事前の裁判所の許可を要する)などですが、④事件関係者への接触禁止などが附されることは珍しくなく、これらに反した場合、保釈許可は取り消され、保釈保証金は没収されます。※5

  なお、この保釈条件について特殊な(とういうか通常附されないようなイレギュラーかつ重い)条件が附されるということはあまりありませんし、当職は過去に経験したことも聞いたこともありません。

  これは、そのような特殊な条件を附さなければならないのであれば、それはそもそも「保釈」を許可するべきではないという判断になるからであろうと思われます。

5 今回のゴーン氏の保釈をめぐる報道では、2回目の保釈請求がなされたとのことで、1回目とは制限住所地を変更するなど条件面での変更を行ったとみられるとのことですが、この程度の条件変更では1回目と異なる判断を得ることは難しいものといわざるを得ません。

  また、自らGPS機器などによる監視を提案していたとの報道もありますが、このような特殊な条件を附して裁判所が保釈を許可することは考え難く(GPS機器による監視が必要であるということは逃亡の虞がある(保釈不適当)ということだと判断されます)、こちらもあまり有意なものとは言えなかったのではないかと思われます。

  その意味で、第1回公判前の現段階で、保釈請求を繰り返すことには正直あまり意味がないと思うのですが、他方本件については上記のような「人質司法」というような批判は避けられないものとも思います。

  弁護人側としてこの点への批判をより固く基礎づけ、盛り上げようという戦略を含んでいるのであれば、それは一定程度意味のあるものであるとも思います。

6 いずれにしても、今回の事件は、現在の日本における身体拘束システムと裁判所の考え方に一石を投じるものとなったのではないでしょうか。

〈弁護士 溝上宏司〉

※1 もちろん警察への出頭要請などを理由なく拒んでいると「逮捕」されるのではないかという重圧ありきですので、任意といっても事実上の強制力は働いているものといえます。

※2 これを潜脱するものとして、ときどき別件での逮捕勾留を繰り返すというようなことも行われますが、法の趣旨を潜脱するものとの批判を免れないでしょう

※3 具体的な保釈保証金の額は個々の事件ごとに異なりますが、例えば初犯の覚せい剤取締法違反などではおおむね150万円程度と定められることが多いです

※4 もちろん法律上回数制限などがあるわけではありません 

※5 この没収は時として厳格に判断され、当職が聞き及んだことのある事例では、公判期日をうっかり失念して会社へと出勤してしまっていたケース(弁護人からの電話で判明したそうですが、裁判所まで駆け付ける時間がなかったとのことです)のようなうっかりミス(もちろんこのようなミスは責められてしかるべきではありますが)でも没収を受けたということがあるようです。

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