弁護士雑感

2018/09/19 弁護士雑感

【弁護士雑感】電動自転車という乗り物

1 当事務所のある場所は大阪地方裁判所近くの「大阪市北区西天満」と呼ばれているエリアです。

ここは裁判所も弁護士会も近いため、業務には非常に至便であり、大阪地方裁判所本庁や、弁護士会などに出向くときは大体徒歩で出かけます。

先日、裁判所に出かけた帰りに、「電動自転車」に乗っている方がいました。

ただ、その電動自転車はペダルを漕いでいないのに「シュイー」というような軽快な音を立ててスイスイと進んでおり、いわゆる「電動アシスト自転車」ではなく、「フル電動自転車」であると思われました。

現在の日本で少なくとも公道上でフル電動自転車に乗るなどということは、あらゆる意味で危険極まりない行為なのですが、運転している方はおそらくそのようなことを十分に理解せず、電動アシスト自転車と同じか、その延長線上(仮に違法だとして軽微な違法に留まる程度)にあると考えているものと思います。

そこで、今日はこのことをテーマに少しお話をさせていただこうと思います。

2 まず、電動アシスト自転車とフル電動自転車の違いですが、機能面からいうと、前者は「ペダルを漕いだときにアシストとして電動力が発揮されるものであり、そのアシストは時速24キロメートル上限として停止されるもの」、後者は「ペダルを漕ぐことにより自走することもできるが、モーターによりペダルを漕ぐことなく自走することもできるもの」ということができます。

これを法的な側面から見ると、前者は原動機がついていませんのであくまで自転車であり「軽車両」に該当しますが、後者は「モーター」という原動機がついていますので法的には「原動機付き自転車」に該当します。※1

そのため、公道を走行するためには前者は自転車ですので運転免許は必要なく、自賠責保険への加入義務もなく(※2)、一定の要件の下では歩道を走行することも可能となるのですが(※3)、後者は原動機つき自転車ですので運転免許証が必要であり、自賠責保険への加入が必要であり、歩道を走行することは許されないということとなります。

フル電動自転車を原動機つき自転車として「適法に」公道を走行することができるように、必要な手続きなどをとってみたというブログなどもあり、好奇心からこのようなことをやっておられるとは非常にユーモアのある方だとは思いましたが、その手続きは結構面倒くさいので一般の方には向いておらず、しかも適法に走行しようと思えばその後もヘルメット着用・車道を走行しなければならないなどの規制があり、趣味的な要素を抜きにして単純に考えると「だったら原付に乗るよ」ということとなります。※4

その結果、フル電動自転車に乗ろうと思う方の多くは、上記のように「原動機付自転車」として適法に乗ろうという方ではなく、通常の自転車と同様の用い方で乗ろうという方であるということとなり、実際にも当職が時折目撃するフル電動自転車は、ほぼすべてが歩道上を走行しており、当然ノーヘルですし、ナンバープレートなども備え付けられていませんでした。

3 そうすると、現在公道でフル電動自転車を乗っておられる方の大部分(ほとんどといってもよいと思います)は、端的に言ってしまえば①適切な装備を備えておらず②車両登録もなされておらず③自賠責保険にも未加入で④当然任意保険にも加入していない「原動機つき自転車」を、⑤ヘルメットをかぶらないまま⑥車道ではなく歩道を走行させているということとなります。

これを、法的に検討していくと以下のようになります。

(1)まず、フル電動自転車はある種の原動機付自転車ですので、公道を走行するにあたっては適正な装備を備えていなければなりません。

   しかし、世間を走行しているフル電動自転車は一般の自転車と同じで、原付に必要な装備(バックミラー・ウインカー・ナンバープレート・常時点灯のヘッドライトなど)のほとんどを備えていませんので、これは違法改造車として扱われるものと考えられます。

   これは6か月以下の懲役または30万円以下の罰金が科せられます。※5

   

(2)次に、車両登録未了の点について、同じく未登録車両の公道使用として6か月以下の懲役または30万円以下の罰金が科せられます。※6

   なお、その違反点数は6点であり、一発免停となります。

(3)また、自賠責保険未加入であることについて、繰り返しますがフル電動自転車は原付ですので、公道を走行するにあたっては自賠責保険への加入が不可欠です。

   しかし、ほとんどのフル電動自転車は自賠責保険に加入していないものと思われます。

   これは、1年以下の懲役または50万円以下の罰金が科せられます。※7

   また、その違反点数は6点であり、一発免停となります。

(4)任意保険への加入については法的義務ではありませんので、処罰の対象となるということはありません。

   ただし、後述する「万が一事故を起こした場合」には大変大きな問題となります。

(5)ヘルメットの不着用については、罰金・反則金はありませんが、違反点数1点となります。※8

(6)また、歩道を走行していることについては、原付での歩道走行となり「通行区分違反」となります。

   通行区分違反の場合、原付では反則金6000円となり、違反点数2点となります。※9 

 以上は刑法上、行政法上の問題ですが、大変大きな責任が生じるということをご理解いただけたことかと思います。

  フル電動自転車を通常の自転車のようにして乗ることは、刑事処罰の対象となるものであり、かつ行政法上でも有している運転免許証について免許停止処分などの大きな処分の対象となり得るものであるということをご理解いただければと思います。

5 さて、以上は特に事故などを起こさなかった場合の話ですが、万が一事故を起こしてしまった場合の責任はさらに大きなものとなります。

  上記した通り、現在のところフル電動自転車は通常歩道上を走行していることが多いのですが、歩行者と衝突するなどの交通事故を生じさせた場合、以下のような法的責任が生じます。

(1)まず、民事上の責任として、当然のことですが被害者に与えた損害について、これを賠償する責任が生じます。

   具体的にどの程度の損害賠償が必要となるのかについては、起こった事故の大きさと、被害者に生じた損害の大きさによるのですが、原付と歩行者との事故のケースなどでも、重度の後遺障害が残存したり、最悪死亡の結果が生じるなどして、億単位の賠償を命じられることは決して珍しくはありません。

   そして、フル電動自転車の場合には、それ自体自賠責保険も任意保険も加入しておらず、しかも仮に他の保有自動車などにおいてオプションとして自転車事故賠償保険やファミリーバイク保険などが附されていても、上記のような方法でフル電動自転車を歩道走行させていた場合については、保険でカバーしてもらえることはありません。

   そのため、場合によっては億を超えるような賠償義務について、そのすべてを負担する義務が生じるものといえます。

   これは、加害者である運転者にとってはもちろん、被害者にとっても不幸なことであるといえます。

   なお、通常の原付と歩行者との衝突事故であってもその過失割合の多くは原付側に大きな過失を認めることが多いのですが、歩道上の事故であることに鑑みると、フル電動自転車と歩行者との衝突事故においては、過失割合においてはフル電動自転車側の過失が100(ないしほぼ100)として判断されることが基本の形態となるものと考えられます。

   

(2)次に、刑事上の責任として、自動車運転過失致死傷罪、危険運転致死傷罪などの罪責を負う可能性が高いものということといえます。

   自動車運転過失致死傷罪の法定刑は7年以下の懲役・禁固または100万円以下の罰金、危険運転致死傷罪に至っては致傷の場合でも15年以下の懲役、致死の場合では1年以上の有期懲役(上限は原則として20年)となります。

   これは殺人などと比しても非常に重い処罰であるということができるでしょう。

   ちなみに、この点については自転車でのわき見運転(スマートフォンを使用しながらの運転)などでの事故について、理論上はともかくまだまだ刑事責任の追及という観点からのみだけみると比較的緩やかな傾向があり、最近も世間で議論の対象となるような判決が出ました。しかし、繰り返しますがフル電動自転車は「原動機付自転車」ですので、刑事責任の追及という点では自転車と同様にとらえられることはなく、原付と同様に厳しい処罰の対象となるものと考えておくべきといえます。

6 以上の通り、現在世間で時折見かける「フル電動自転車で歩道走行を行う」という行為は、端的に言って「未登録、整備不良(ないし違法改造)の原付で歩道上を走っている」ということであり、その危険性や法的リスクは計り知れないものがあります。

  実際の運転者の方はおそらく「ちょっと便利な自転車」や「違法といっても叱られる程度のこと」くらいに考えているのでしょうが、そのような考えは非常に甘い、およそ考えられないくらいにあり得ないものであるということを十分にご理解いただき、安全な交通活動を行っていただくことを願ってやみません。

<弁護士 溝上宏司>   

  

1 道路交通法第2110号、道路運送車両法第23

2 ただし、「自転車事故でも交通事故です」でも書きましたが、保険加入を義務付ける条例が制定されている自治体も増加しています。

3 本来は自転車も「軽車両」として車道を走行する義務がありますが、歩道走行が許されている歩道や一定の要件下では歩道走行が可能です。また、現実問題として自転車で歩道を走行していて検挙されることはほとんどないものと思われます。

4 個人の方のブログですので、ここで勝手に引用・転載などはできませんが、大変楽しく読ませていただきましたので、ご興味があれば検索していただければと思います。

5 道路運送車両法第99条の2、同1081

6 道路運送車両法第4条、同1081

7 自動車損害賠償保障法第86条の31号など。

   通常の自転車における保険加入義務は(現在のところ)罰則規定がありませんが、自賠責については厳しい罰則があります。

8 道路交通法第71条の42

9 道路交通法第17

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