2017/11/13 弁護士雑感
【弁護士雑感】聞きなれない用語
1 少し前の話ですが、福岡県内の高校で生徒が教諭に暴力行為に及び、学校内で私人逮捕がされたという事件がありましたが、その際、ニュースタイトルなどで「常人逮捕」という聞きなれない、しかし非常にインパクトのある単語が用いられ、ネット上で話題になりました。
この「常人逮捕」という言葉、おそらくは「通常人による逮捕」という言葉の省略されたものかと思われ、意味としては私人による逮捕・私人逮捕と全く同じものです。
ただ、ニュースにおいて「私人逮捕」という言葉が用いられるよりも、「常人逮捕」という、なんというか時代掛かった、なんとなく重々しいような聞きなれない言葉の方が、読者として受けるインパクトは格段のものがあり、なか なかうまいチョイスをしたものだと感心しています。
2 さて、「常人逮捕」というのはこのようになかなか秀逸な言葉のチョイスではあるのですが、当職は弁護士になって10年を迎えましたが日々の業務上でこの言葉を聞いたことはありません。また、大学の法学部生であったときはもちろん、司法試験受験生であったとき、司法修習生であったときのいずれにおいても、「常人逮捕」という言葉を見かけた記憶がありません。
刑法・刑事訴訟法の学者の先生方の書いた基本書においても「常人逮捕」という言葉を見た記憶がありませんし、念のため今手元にある基本書を見てもやはり「常人逮捕」という言葉はありませんし、内閣法制局法令用語研究会編集の「法律用語辞典」にも載っていません。
そこで、気になったので少し調べてみましたが、おおむね以下のようなことではないかという結論に達しました。
3 まず、「常人逮捕」という言葉を用いている基本書や書籍が見当たらなかったのは上記した通りなので、判例などを探してみました。
判例においても「常人逮捕」という言葉を用いているものはなかなか見つからなかったのですが、ざっと見たところでかろうじて5件の判例が見つかりました。
もっとも、そのうち平成17年、18年の2件は同じ刑事事件についての一審と控訴審でしたので実質的には一つの事件とみるべきで、実質的には4件ということになります。
そうすると、判例において「常人逮捕」という言葉が用いられているのは①平成17年ないし18年事件②昭和55年事件③昭和42年事件④昭和41年事件の4つということになり、①の事件を除けばずいぶん昔の事件ばかりということになります。
また、上記のうち①②は裁判所が「常人逮捕」という言葉を用いたというよりも、判決中証人である警察官の言葉を原文ママで引用したり、あるいは被告であった県(実質的には当事者は警察)側の主張の引用部分として用いられたというようなので、裁判所が裁判所の言葉として「常人逮捕」という言葉を用いたのは昭和42年ないし41年の上記③④くらいであるということになります。
このようなことからすると、随分と昔には「常人逮捕」という言葉は多少は裁判所においても用いられている法律用語のようなものであったといえるかもしれませんが、少なくとも現在においては法律用語と呼ぶことは憚られるものであって、どちらかというと警察用語・検察用語とでもいうような、捜査機関における用語であるといえるでしょう。
4 現在、あまり意識されていない言葉にも、例えば「身柄拘束」という言葉があり、これについては裁判所などでも特段違和感なく使用されているものですが、当職の司法修習時代の刑事弁護教官(弁護士)などは「身柄拘束というものは過去の糾問的捜査観による言葉なので身体拘束ということが正しい」と述べておられたというようなこともあり、裁判所で用いられる法律用語も時代の流れとともに変わっていくものなのかもしれません(ただし、検察教官(検察官)は「身柄拘束で何がおかしいのか?」と首をひねっておられました)。
〈弁護士 溝上宏司〉