2016/05/25 弁護士雑感
【弁護士雑感】相続人が所在不明の場合の手続きについて
今回は、当職が相続に関する相談を受けた中でも特に大変であった「相続人が所在不明の場合の手続」について書いてみたいと思います。
まず、前提知識として、御家族の誰かが亡くなられた場合、亡くなられた方を被相続人、亡くなられた方から遺産(相続財産)を相続する人を相続人といいます。そして、被相続人が遺言書を残していない場合には、相続人全員で、遺産をどのように相続するのか協議(遺産分割協議)することになります。この「相続人全員」というのがポイントで、必ず遺産分割協議は相続人全員でしなければならず、相続人の内誰か一人でも欠けた状態で作成された遺産分割協議書は無効とされています。したがって、相続人全てに連絡が付き、協議が可能な状態であれば遺産分割協議自体は進めることができるのですが、相続人の中に所在不明者がいる場合、遺産分割協議に入ることすらできません。そのため、相続が開始しても、特に何のアクションも起こせずに、そのままの状態で放置されているという事例も数多く存在するところです。
しかし、相続税の申告期限は相続開始後10か月と定められており、放置しておくと延滞税が発生することに加えて、仮にその後新たな相続などが起こると相続人の数が更に増え、より権利関係が複雑化することになりますので、面倒だからと放置しておくことは絶対に避けるべきです。
当職が実際にお受けした御相談は、御主人を亡くされた奥様からのもので、「自分達夫婦には子供がおらず、また既に主人の両親も他界しており、相続人は、自分(奥様)と亡くなった主人の兄弟(3名)の4名であるが、兄弟の内の1人とどうしても連絡が付かない、どうしたら良いか」といった内容でした。
前述のとおり、遺産分割協議をするには相続人全員が揃うことが必要となりますので、何より先に所在不明の相続人を探し出すという作業が必要となります。そこでまずは、弁護士は職務上、住民票などを取り寄せることができますので、所在不明である御兄弟の方の住民票を取得し、その住所地に連絡文書を送りました。しかし、かかる連絡文書は「あて所に尋ねあたりません」との理由で返ってきてしまいました。そのため、次に連絡の取れる全ての親類関係に連絡を取り、所在不明となっている御兄弟の住所地を知っている方がおられないか、一から当たっていくという作業に移りました。
一月ほど経過して、一通りの御親類の方と連絡を取りましたが、特に有力な情報も得られなかったことから、これ以上探しても見つかる可能性は低いと考え、家庭裁判所に対して、「不在者財産管理人」選任の申立を行いました。「不在者財産管理人」とは、要は所在不明な相続人に代わり、遺産分割協議に参加して頂く方なのですが、裁判所も本当に所在不明であるかの確認を必要とするため、本当に連絡が付かない状態であることを示す報告書類を作成し提出する必要があります。そのため、住民票の住所地には現在居住していないことや、親類関係に連絡したが知っている人がいなかった旨の報告を上げ、数か月後にようやく地元の弁護士が「不在者財産管理人」として選任されました。
そこでやっと遺産分割協議が始められる状況が整ったわけですが、そのような状況が整った矢先に、ある親族の方から当職宛に所在不明であった御兄弟と連絡が付いたとの連絡が入りました。そのため、最終的には不在者財産管理人の方には外れて頂き、通常通りに相続人全員で遺産分割協議をして、遺産分割協議書をまとめたのですが、当職の実感としては、予想した以上に時間と作業量を要し、大変であったという印象でした。
例えば、今回のような事例であれば、「妻にすべての財産を相続させる」旨の遺言書が残されていれば、御兄弟には(※)遺留分がありませんので、奥様は労せずして全ての財産を相続することができました。本事例では幸い、現れた他の相続人の方で、特に相続財産について強く権利主張される方がいらっしゃらなかったため、遺産分割協議自体はスムーズに終了しましたが、もし、自らの権利を強く主張され、協議がまとまらないような場合には、ここから更に家庭裁判所に対して、遺産分割の調停や審判を申し立てる必要まで出てくることになり、相続人である奥様の御負担は非常に大きなものとなっていたことになります。
残される相続人の方々に、できるだけ御負担をかけないような相続の御計画を生前から心がけて頂きたいと思います。
※遺留分とは、一定の相続人(兄弟姉妹を除く)のために、相続に際して、法律上取得することを保障されている相続財産の一定の割合のことで、被相続人の生前の贈与又は遺贈によっても奪われることのないものです。
<弁護士 松隈貴史>