弁護士雑感

2016/05/18 弁護士雑感

【弁護士雑感】心を削る争い

 当事務所へのご相談類型で、一定の比率を保っているものに離婚問題や相続問題などの、いわゆる「家事事件」があります。

 この「家事事件」・・。かつて高校時代の恩師と話をしているときにふと「最近は家事事件が多くて疲れます」といったところ、「火事事件(放火事件の刑事弁護)」と勘違いされたことがあるくらいで、かように「家事事件」という紛争類型は一般の方には聞き慣れないものであるという反面、自分自身の身に、いつ降りかかってもおかしくない紛争であるといえるものです。

  さて、家事事件とは、大まかに言ってしまえば「家庭内(家族内)の紛争などの家庭に関する事件」なのですが、ほとんどの場合双方当事者を含む関係者が身内であり、そのため致命的といってよいレベルの感情的な対立が存在しているケースが非常に多い紛争類型であり、紛争解決の途上においても感情に支配された言動が取られることが非常に多い紛争類型であるということが出来ます。

 そのため、家事事件においては、紛争当事者となるご依頼者ご自身にとっても、感情に流されて必要以上に消耗し、あるいは相手方からの事実無根の主張などで精神を疲弊し、さらには本来持たなくても良かったはずの憎しみを持つことになってしまうなど、まさに「心を削る争い」となることが少なくありません。

 あまり具体的な話は書けないのですが、一例としては今まで全く問題となっていなかった過去の出来事まで次々と飛び火し、全く収拾のつかない感情的争いとなってしまうことも多くみられます。

 例えば、もともとは現在ないし被相続人がお亡くなりになられる直前ころの介護や入院見舞いなどの負担を誰がどれだけしていたのか(だから誰が遺産を多く受け取るべきか)という諍いであったところ、次第に「あなたは大学卒業後もしばらく自宅で両親と同居して世話になっていたのだから介護をして当然だ」「それをいうならお前は子供が生まれたとき里帰りして両親に助けてもらっていた」「里帰りしたのは自宅と実家が近かったからで他に意味はない。むしろあなたは私立の大学に進学させてもらって、その結果現在の職に就いている。恩を返すのは当たり前だ」「いやそれをいうならこいつこそ中高大一貫の私立学校に進学させてもらっている。一番甘やかされたのはこいつだ」などと言うように(※1)、際限なく過去の不満や、本来は不満として爆発するはずのものではなかったような小さな違和感を不満にまで育ててしまうというものです。

 このようなケースでは弁護士にご相談にきていただいた際には既に上記のように拗れに拗れていることが多く、残念ながら感情面での諍いまでは解決することはできず、法律に従って粛々と解決を図ることしかできなくなってしまっており、かつ法律に従った解決をするだけでもここまで拗れてしまうと解決までに要した時間と労力は非常に大きなものとなってしまいます。

 また、離婚問題のような男女トラブルにおいては、過去の行状を捉え、当時はむしろ感謝していたような事実について、これを悪意的に解釈して誹謗されるというような事態も生じます。

 これも一例ですが、例えば子供が小さなころに、育児で疲れている妻に代わって子供を遊びにつれ出して妻に育児の休日を提供していたというような事情(そして当時は妻もこれを喜んでいた)について、「育児で疲れている妻を放置して子供と二人だけで贅沢な遊びに行っていた。これは妻へのあてつけであり、このような夫の行為に妻は激しく傷ついた」などと主張されることも珍しくはありません。このような主張を受けた当事者からすると、まさに言いがかり以外の何物でもないように感じ、激しい憤りを感じるとともに、何とも言えない精神的な疲労を感じるもののようです。 

 このような、あることないこと虚実を入り混ぜた誹謗中傷・(特に言われた側からすると)言いがかりとも思える主張が頻出するのは、家事事件の一種の特徴ということが出来ると思います。

 残念ながら、家事事件においては上記した通り、双方当事者を含む関係者のほとんどすべてが身内であるという特殊な事情から、紛争解決に向けた双方の言動に感情的な部分が入ってくることは避けられないものです。

 そして、感情的な対立は激化すれば精神を疲弊させ、疲弊した精神はさらに感情的な対立を煽るという悪循環を生みだします。

 また、家事事件は上記のような危険が潜んでいるにもかかわらず「家族間のことだから公にしたくない」「家族なのだから話せばわかってもらえる」(※2)という思いから、専門家への相談時機が遅くなりがちな紛争類型であるともいえます。 

 しかし、家事事件の円満な解決のために大切なことは、感情的な対立を激化させないことであり、その為には可能な限り早い段階から専門家を介入させて、当事者同士による折衝や感情のぶつけあいを回避するということであるといえますので、なるべくお早くご相談に出向かれることをお勧めいたします。

※1 実際にあったやりとりではなく当職による想定問答です。とはいえ、このようなやり取りがなされることは非常に多いです。   

※2 この「家族なのだから話せばわかってもらえる」というのは「わかってもらえないのは相手がわかろうとしない(悪い)からだ」という風に転化しやすく、紛争となっているまたは紛争化しつつある状況下では非常に危険な考え方です。

<弁護士 溝上宏司>

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