弁護士雑感

2016/07/21 弁護士雑感

【弁護士雑感】煙草をめぐるあれこれ

 今年も7月に入り、毎日暑い日が続いております。

 当事務所のある大阪でも、日中のギラギラとした日差しは強烈で、出かけることもつい億劫になってしまいます。

 さて、突然ですが当職は喫煙家です。

 最近、とみに流行っている喫煙関係の品物に電子タバコ「アイコス(iQOS)」というものがあります。

 アイコスがどういう物かはここでは詳しく述べませんが、その特徴として概ね①火を用いないのでタールが発生しない(ないしごく少量しか発生しない)②副流煙が発生しない③紙巻きたばこ特有の匂いが大きく軽減されている④灰などが発生しない(ただし使用後のごみは出ます)といったものがあげられ、喫煙者自身の健康に与える影響や使用感(特に味などにおいて賛否両論があるようです)、費用面などはとりあえず措くとしても、周囲の人や環境などに与える悪影響は従来の紙巻きたばこと比べるとかなり軽減されているもののようで、喫煙者と嫌煙者の双方にとって一つの選択肢となるものといえると思います。

 ただ、このアイコス。アメトークなどの人気バラエティ番組を含む複数のテレビ番組などで取り上げられたこともあり、大変な品薄状態となっており、この炎天下で探し回るというのは大変で、当職は興味を持ちつつもまだ入手できていません。

 こんな状況ですので、ついつい煙草関係のことをあれこれ考えることが多くなり、関係のないことですが煙草が裁判所からどのように見られてきたのかということもあれこれと考えてみました。

 かつて、裁判所の煙草に対する考え方は非常に緩やかなものでした。

 有名な判決として、いわゆる「国鉄嫌煙権訴訟」といわれるものがあります。これは原告団が受動喫煙の害を訴えて、旧国鉄に対して国鉄車両の半数以上を禁煙車両とすることや損害賠償などを求めた訴訟でした。

 その中において、東京地方裁判所は大雑把にいうと①国鉄以外にも交通手段は複数存在し、国鉄の使用がその優先度として極めて高いなどの事情は無い②受動喫煙による害は一定程度認められるが、受忍限度の範囲内である(嫌煙者は我慢するべきである)③我が国においては従来喫煙は個人の趣味嗜好として寛容に受け止められており、受動喫煙により嫌煙者の被る害を考慮しても、社会通念上国鉄が賠償義務を負うとか半数以上を禁煙車にする義務を負うものとは言えないなどとして、原告団の請求を棄却したのです(東京地方裁判所昭和62327日判決)。

 この国鉄嫌煙権訴訟における裁判所の判旨は、おそらく現在においては全く採用されることはないものと思われます。

 特に、②のような広範な意味で受動喫煙の害が受忍限度内であるとか③のような我が国において喫煙は寛容に受け止められていたとの部分は、社会情勢や一般の方の意識の変化などからすると全く説得力が無くなってしまっているといえるでしょう。※1

 その後、裁判所は徐々に受動喫煙の害について厳しい判断を下すようになっていきます。

 もちろん、実際には嫌煙権を主張して損害賠償請求や喫煙の禁止を求めた訴訟においてその多くが原告勝訴となっているというわけではなく、むしろ裁判所は嫌煙権や受動喫煙の害について一定の理解を示しつつも、なお損害(原告に発生した害)と受動喫煙との間に因果関係が認められないとか、被告(喫煙者)も一定程度の配慮をしている(ある程度の受動喫煙防止のための行動はとっている)ことから違法とまでは言えないというような論理で原告の請求を棄却しているものの方が多いのですが、中には隣家のベランダでの喫煙に対して損害賠償を命じる判決も出てきている状況です。※2

 これは裁判所の考えが変わったというよりも、受動喫煙の害についての研究が進んだことや、社会一般の意識の変化を裁判所が敏感に受け止めたからであるというべきかもしれません。

 また、単に受動喫煙の害についての社会一般の意識が変わったというだけではなく、このような意識の変化を受けて、健康増進法のような法律や受動喫煙防止のための各種条例などが制定されてきたということも大きいでしょう。※3

 ただ、さらに言えば喫煙者からの「喫煙権を認めよ」との訴訟(具体的に言うと喫煙場所を設置せよというような訴訟)に対しては、裁判所はおおむね施設管理者の裁量権などを理由にその請求を棄却しています。

 そのため、裁判所の基本的な姿勢としては「喫煙権・嫌煙権ともに基本的にはマナーの問題であって法律上違法適法が争われるようなものではない。ただ、度が過ぎると違法となる余地が出てくる。」というようなものということも出来るでしょう。

 喫煙は個人の趣味嗜好の問題ですので、ゆえなく喫煙活動が禁止されるべきではないとも思いますが、同時に所詮は個人の趣味嗜好の問題に過ぎないともいえます。

 昨今の喫煙に対する厳しい風当たりを見ると、喫煙者の方々としてはいろいろといいたいこともあるかもしれませんが、定められた喫煙スペース以外では喫煙を行わないなど、マナーとルールを守りつつ、喫煙を楽しんでいただき、嫌煙者の方々にはマナーとルールを守っている喫煙者には温かい目を向けて頂ければと思います。※4

※1 同判決が出された当時としては一定程度の説得力はあったものと思います。

※2 平成241213日 名古屋地裁平成23年(ワ)第7078

※3 もっとも、現在においても煙草の製造や販売自体は社会的に許容されていることから、これを販売するJT自体に対して製造行為・販売行為自体を違法行為であるとする損害賠償請求は棄却されていますし、おそらく今後もJT自体に対する製造行為・販売行為自体を違法行為であるという判断はなされることはないでしょう(平成24314日 東京高裁平成22年(ネ)第2176号)。

※4 なお、当職自身は喫煙家ですが、当事務所代表橋下を含め事務所スタッフは非喫煙家ばかりで、非常に肩身が狭い思いをしております。

<弁護士 溝上宏司>

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