弁護士雑感

2019/06/10 弁護士雑感

【弁護士雑感】退職代行サービス

 昨今、「退職代行サービス」と称するサービス業が新しく生まれてきているとのニュースを見かけるようになりました。

 この「退職代行サービス」ですが、報道を見る限り率直な感想としては「なぜ『退職代行サービス』というものに頼んでしまうのだろうか?」と首をひねりたくなるものばかりです。

 ただ、当職が「退職代行サービス」について懐疑的なのは、なにも「会社を辞めるにあたって退職代行などに頼ることなく、自分で退職したらよいのに」というような理由によるものではありません(そのような気持ちも皆無とは言いませんが、退職トラブルによる心理的重圧に耐えられないあるいは避けたいというお気持ちの依頼者の方がおられることは十分に理解できます)。

 そこで、今回は弁護士からみて「何故、退職代行サービスに依頼することには懐疑的なのか」をお話ししたいと思います。

1 「違法な退職代行サービス」と「適法な退職代行サービス」

 一言に「退職代行サービス」といっても、当職からみると「違法な退職代行サービス」と「適法な退職代行サービス」とがあるように思われます。

 ここで、「違法な退職代行サービス」とは、依頼者の代理人として、あるいは代理人ではないにも関わらず代理人でなければできない「対会社の協議・交渉を行う」業者です。

 このような会社との協議・交渉については、基本的には弁護士法72条により弁護士でなければ取り扱うことはできず、これを弁護士ではない一般の業者が取り扱うことは非弁行為として刑事処罰の対象となるものです。

 他方「適法な退職代行サービス」とは、上記のような会社との協議・交渉を行うことはせず、単に依頼者の「退職の意向」を伝えるという業務のみを取り扱うというものであり、言ってみれば単なるメッセンジャーとしての役割のみを果たすというものです(そうであれば一応非弁行為にはなりません)。

 昨今、TVなどで紹介されている「退職代行サービス」においても、この点を気にしているようで、要所要所で「会社と協議・交渉はしない・できない」ということが述べられています。

2 「違法な退職代行サービス」に依頼することのデメリットについて

 違法な退職代行サービスを用いることのデメリットとしては、やはり当該退職代行サービスが「違法」な業者によるものであることから生まれるものであり、具体的には以下のようなものが想定されます。

 まず、①会社から「違法な退職代行サービスとの協議交渉の結果は無効である」として、せっかくまとまった退職の結果が覆されてしまう虞があります。

 次に、②会社から「違法な退職代行サービスへの対応を強いられ、損害を受けた」などとして、逆に法的な責任を追及される虞も皆無とは言えません。

 さらに、③そもそも当該退職代行サービスが違法であることを知りながらこれを取り扱うような業者ですので、遵法精神に欠けることも予想され、場合によっては当該退職代行サービスとの間でトラブルが生じ、今度は退職代行サービス業者への法的な対応を強いられるということもあり得ます。

 これは当該退職代行サービスにより無事に退職ができた場合でも起こり得ますが、会社の対応が強行で、何ら解決に至らなかった場合や、逆に上記①②のように更なるトラブルを生じた場合に、当該退職代行サービスとの間でも別のトラブルを抱え込んでしまうというものです。

 このように、違法な退職代行サービスについては、自分の代理人として、会社と協議交渉までしてくれ、任せておけば後は何の手間もかからないということは一見すると頼もしいようにも思えますが、実は違法行為に加担しているのであり、場合によっては対会社の退職トラブル以上の法的トラブルを抱え込むことにもなりかねないということになります。

 この意味で、「違法な退職代行サービス」に依頼するということには首をひねらざるを得ないということになります。

3 「適法な退職代行サービス」に依頼することのデメリットについて

 次に、適法な退職代行サービスに依頼することのデメリットですが、これは正直なところ「適法な退職代行サービスには多くを期待できない」ということになります。

 上記した通り、弁護士法72条との関係で、退職代行サービスを「適法に」取り扱おうとするのであれば、その殆どにおいて「単なるメッセンジャー(伝言役)」の域を出ることはできません。

 そのため、会社としては「代理人でもないものと話をしても意味はない」などといって依頼者本人に連絡を取ることも容易ですし、法的に見るならばむしろそれが正しいものということにもなってしまいます。

 もちろん、退職するために必要な提出書類をきちんと整えるという手続き的整理をしてもらう、あるいは具体的な退職手続きについて教えてもらうという意味であれば、多少の意味はありますが、その程度で無事に退職できるのであればそもそも退職代行サービスに依頼しなくても、少し書籍やインターネットなどで情報を集めれば問題なく退職することができるケースであるということができます。

 そのため、適法な退職代行サービスに依頼するということは、会社との紛争やトラブルを解決するものではなく、単に手続き的な書類の代書・封筒への封入などを代わりにやってもらうというだけの意味しかないものであり、「退職を認めてもらえないというトラブルの解決」という点では、ほとんど意味のないものと考えています。

 この意味で、「適法な退職代行サービス」に依頼するということには首をひねらざるを得ないものということになります。

4 弁護士の活用

 以上のような問題点をクリアできるものとして、手前味噌ですが「弁護士による退職代行サービス」というものがあげられます。

 おそらく多くの法律事務所で「退職代行サービス」と銘打ってはいないものと思いますが、いわゆる労働系の法律事務所や弁護士においてはこのような「退職時のトラブル」についてこれを代理人として処理し、無事に退職させるために会社とのすべての協議交渉を行い、そのすべての手続きを執り行うことは通常の業務内のものであろうと思います。

 当事務所及び当職においても、これまで「退職を認めてもらえないというような退職トラブルそのもの」や、類似の案件として「内定辞退を認めてもらえないなどというような事案」についてご依頼いただき、解決したことも少なくありません。

 もちろん退職代行に弁護士を活用することにも一定のデメリットはあるものといえ、そのデメリットのうち最大のものは、やはり費用面の心配ではないかと思います。

 ただ、この点については個々の法律事務所ごとに異なるものの、通常はそれほど多額に上ることもありませんし、自治体や弁護士会などでの無料法律相談を活用することで相談費用そのものは抑えることも可能です。

 また、法律相談をした後に実際に事件処理を依頼するかどうかについても、費用面で高額であると思えば依頼をしないということもまったくの自由です。

 弁護士に退職代行を依頼することの最大のメリットは、やはり「法律に則った上で、法律の専門家である弁護士に安心して全てを委ねることができる」点にありますので、もしも退職トラブルでお悩みの方は、費用面での心配はあまり気にせずに一度弁護士にご相談されてはいかがでしょうか。

〈弁護士 溝上宏司〉

© 弁護士法人橋下綜合法律事務所