弁護士雑感

2018/11/12 弁護士雑感

【弁護士雑感】和解好きな裁判官

 当事務所では大変ありがたいことに、様々な分野でのご依頼をいただいております。

 そのため、当事務所・当職は固定した一つの分野だけではなく、法的紛争全般について業務を執り行わせて頂いております。

 ただ、このように多岐にわたる分野での紛争解決のご依頼をいただき、多岐にわたる分野での訴訟を行っているにもかかわらず、どの分野においても担当される裁判官の多くは「和解による紛争解決」をかなり積極的に模索しようとしてきます。

 そこで、今回はなぜ裁判官は「和解」を勧めてくるのかということについて、当職なりの感想や穿った見方をお話しようと思います。※1

 まず、裁判官が「和解」を勧めてくる第1の理由は「単純に紛争解決にかける労力を節約したい」というものがあるのだと推測されます。

これはもっと言ってしまえば「判決を書くことになると時間と労力がかかるので、できれば判決を書きたくない」という、サボタージュ的な理由です。

 もちろん、裁判官は訴訟指揮を行い、判決を書くことがその職責ですし、そのことは十分すぎるほど理解している裁判官がほとんどです。そのため「和解」による解決がふさわしくないと考える事件について、強硬に和解を勧める(もっと言えば押し付ける)というようなことはあまりありませんが、「和解」による解決でも紛争解決のオチとしては問題がないと思われるような事件において、つい「和解で終わったらずいぶん楽だ。他の事件に手を回せる。」と考えてしまうことは避けられないのだろうと考えられます。

 次に、裁判官が「和解」を勧めてくる第2の理由としては「控訴(ないし上告)を回避したいという思いがある」ということも挙げられると思います。

原告の敗訴であれ勝訴であれ、判決においては必ず勝者と敗者が存在します。

そして敗訴した方は、納得がいかなければ上級審による判断を求めて控訴(ないし上告)することが出来ます。

 控訴された場合、判決を下した裁判官に具体的なデメリットがあるというわけではありませんが、もしも自分の下した判決が上級審で破棄されたとしたら・・。

 裁判官の多くは非常に生真面目で、訴訟においても手を抜くということをしません。それだけに自身が下した判断が上級審で「間違っている」と判断された場合、裁判官としてはとても心安らかには眠れないものと推測されます。

 他方、裁判上の和解により訴訟が終了した場合、原告も被告も控訴するということはできません。

 そもそも裁判上の和解は判決ではないので控訴するということが有り得ませんし、一応は原告も被告も納得したからこそ和解が成立しているのですから控訴したいという気持ちになることも(少なくとも和解成立直後は)あまりありません。

 このような、裁判官のある意味「逃げの気持ち」が、「和解」の勧めとしてあらわれてくるということもまた事実であると思います。

 このように考えると、裁判官が和解を勧めてくるということは、なんだか裁判所の都合を押し付けられているのではないかと思え、和解に応じるということは正しい解決方法ではないのではないかという気持ちもしてきます。

 しかし、裁判官が「和解」を勧めてくるのはこのようなサボタージュ的な理由や逃げの理由に寄るものばかりではなく、第三の理由として「和解」による解決が紛争解決の望ましい姿であり判決による解決は最終的な方法であるという裁判官特有の理念・理想のようなものに根付いているということも忘れてはいけません。

 世の中の紛争の多くは、何らかの人的関係を持った人同士の争いです。※2

 そのため、当該紛争が解決した後も、何らかのかかわりを維持しなければならないか、あるいは少なくとも折にふれて当該紛争の結末について思いをはせることがあるものが通常です。

 このような紛争に関する両当事者間の人的関係に鑑みれば、今目の前にある紛争の解決は、「出来得るならば」この機会にその禍根を断ってしまいたい(禍根を断ってしまわなければ後日思いもよらない形で再燃する虞がある)ものということができます。

 そして、判決は上記の通り、紛争当事者を勝者と敗者に分けてしまうものであり、その結果のいかんにかかわらず、少なくとも一方、場合によっては双方に大きな遺恨が生じます※3

 これに対して和解においては、双方ともに譲歩を求められるものであることから「諸手を挙げて迎えられる」というわけにはいきませんが「最終的に自分で納得した結論なんだから」という思いが働くようで、紛争の再燃率はかなり低いというのが体感です。

 さらに、裁判官は「法律に従った判断しかしてくれない」機関ではありますが、これは同時に「法律に従った判断しかできない」という意味でもあります。

 例え、事実関係などからみて裁判官なりに「望ましいと考えている結論」とがあったとしても、それが法律の不備や時代の変遷についていけていないなどの事情によって「法律に従った判断」と異なるのであれば、裁判官としては「望ましい結論」に従った判決を欠くことはできないのです。

 しかし、和解であれば当事者同士の自由で柔軟な話し合いによる解決が可能ですので(ただし、両当事者が納得するということが前提です)、裁判官の思う「望ましい結論」に少しでも近づける解決が可能となるといえるのだと思います。

 以上のようなことから考えると、裁判官が和解を勧めてくる場合、それは少なくとも裁判官の心の中では「原告・被告」にとって(そして裁判所にとっても)、望ましい結論であると考えているのだと思います。

〈弁護士 溝上宏司〉

※1 あくまで当職の個人的見解です。ただ、訴訟にかかわる多くの方に一定程度共感頂けるものと思います。

※2 そもそも全く関係のない人同士では法的紛争が生じる余地があまりありません。

※3 一部認容判決などでは原告被告双方に不満が残るといえましょう。

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