2016/02/02 弁護士雑感
【弁護士雑感】「反省」だけなら誰でもできる
今年に入ってからも、いろいろな意味で興味深いニュースが流れていますが、今日は元兵庫県議会議員の刑事裁判に関する報道を見て考えた、刑事裁判における「反省」の意味と、裁判官がどのように考えるのかということをお話ししたいと思います。
犯罪事実自体は間違いがなく被告人自身も認めている場合には、いわゆる情状弁護として、被告人の「反省」を深めさせ、被害弁償を行い、被告人の更生のために被告人の周囲の人の協力を得られるような環境づくりに尽力することになります。
このような情状弁護において、第一に重視されるのは被告人自身の「反省」であることは間違いがありません。
多くの刑事事件に関する報道や、一般の方の感想などを見聞きしていても、やはり被告人自身の「反省」が見られるか否かということは、非常に注目されているように感じます。
しかし、被告人の「反省」については、刑事事件において裁判官の視点からは、報道や一般の方が見ている視点とは少し違った角度から見られており、ある意味では裁判官は被告人が「反省」しているかどうかということそれ自体はあまり重視していないということは意外と認知されていないように思われます。
報道記事や一般の方が被告人の「反省」を見るとき、それは多くの場合、道徳的な視点から見ているように思われます。要するに、「これだけ反省しているのであれば許してやってもいい」とか「全く反省もしていないので許せない」というような考え方です
これに対して裁判官が被告人の「反省」を見るとき、それは多くの場合、目的刑論の視点から見ているように思われます(※1)。要するに、「これだけ反省しているのであれば、もう二度と犯罪行為を繰り返さないだろう」とか「全く反省していないのでまた繰り返すかもしれない」という視点です。この場合「反省」させることが大切なのではなく、「反省」した結果、将来犯罪を繰り返さないということが大切なのです。
このような裁判官の「反省」に対する見方を考えると、敢えて逆説的に言えば仮に被告人が全く「反省」していなかったとしても、その他の事情から被告人の更生や再犯の防止を図ることができていると考えられる場合には、裁判官の個人的な心証が相当悪くなることはあっても、結果である判決に決定的な悪影響を与えることはないのではないかと考えられるのです(※2)。
このことは、一般に、前科のある人よりも初犯の人の方がはるかに執行猶予付きの判決を得る可能性が高いことからも理解できることであり、この場合は上記「その他の事情」として「初めて刑事裁判を受けることになったことによる感銘力」(※3)による再犯防止の効果というものが重視されているからと考えられます。
その他にも過去には著名な作家の方が大麻取締法違反で起訴された際に、大麻解禁論ともいうべき独自の見解を述べており、一般の方の素朴な感覚からは「反省」しているといえるか微妙なケースであったにもかかわらずやはり執行猶予付きの判決を得たという判例があり、これも上記のような「感銘力」や、周囲の人の更生への協力、大麻解禁論それ自体は別として現時点においては違法である以上今後は二度と繰り返さないことを誓約していたこと等の事情から、再犯の可能性は低いものと判断されたことによるものと思われます。
このような刑事裁判における裁判官による被告人の「反省」に対する見方を考えると、刑事裁判において単に「反省している」ということを繰り返すだけでは、たとえ心底から「反省」していたとしても不十分であり、その「反省」を活かすための具体的な努力や計画による、あるいは「反省」とは別個の理由による再犯の可能性がないことなどを示すことがとても大切です。
これは例えば経済的な困窮から万引きなどを行ってしまった場合には持続的な経済的基盤の確保(例えば親元での同居などによる住宅費・生活費の節約など)であったり、薬物事犯であればダルク(※4)のような違法薬物からの脱却を支援する組織による助力を受けることであったり、また「反省」とは別個の理由によるものとしては業務上横領などの場合に懲戒解雇等による失職で今後は業務上横領などを行い得ない立場になることなどがあげられます。
しかし、被告人の方はご家族も含めてどのような行動を取ることが再犯防止に必要なのかを十分に理解することが難しく、また裁判所に訴えかけるべき事情を適切に選択し、あるいはそのような事情を構築するために周囲の方の協力を得られるように調整することも容易ではありません。これらについて被告人やご家族に代わって尽力することも、われわれ弁護士の刑事弁護人としての重要な職務であるといえるのです(ただし、大変骨の折れる職務です)。
翻って、冒頭の元県議に関する報道を見る限りでは(※5)、とても「反省」しているようには見えないところではありますが、既に議員辞職していることや、今回の事件は非常に広く周知されており今後議員職に復職する可能性は相当低いことからすると、少なくとも再び地方議員の地位を利用した再犯を行う客観的な素地は失われているように考えられます。また、「反省」の有無は別にしても、本件が与えた「感銘力」は相当大きなものであったということも容易に想像できます
そうすると、今回の刑事裁判の判決も、おのずと見えてくるのではないかと思われます。
●
※1
刑罰は犯罪を抑止するという目的によるものであるという考え方。これに対して刑罰は犯罪に対する応報として科されるものであるという考え方を「応報刑論」といいます。
日本の刑法の考え方は双方の考え方を折衷したような「相対的応報刑論」と呼ばれるものといわれているが、次第に目的刑論の考え方の割合が多くなってきているように感じます。
※2
「反省」しなくていいというわけで決してありません。「反省」するだけでは意味がないということです。
※3
「感銘力」とはおおげさな表現ですが、恐れおののいて(または刑事手続きの辛さに疲れ果てて)、もう犯罪はしないでおこうと思わせる力のことです。
※4
全国薬物依存症者家族連合会:薬物から解放されるためにプログラムを持つ民間団体です。
※5
あくまで一般に報道されている報道内容以上の情報を有していないことをご理解ください。
<弁護士 溝上宏司>