2020/01/19 弁護士雑感
【弁護士雑感】ちょっと意味の違う法律用語
早いもので、私も弁護士登録としてからすでに10年を超過し、どっぷりと「法曹生活」に浸ってしまいました。
そのためか、通常の日本語・日常用語としての言葉と、法律用語としての言葉の意味の違いや用いられ方の違いなどについて頓着しなくなってしまったように思います。
先日、ある判決を読んだ一般の方から、判決書の言葉の使い方がおかしいのではないかとのご質問をいただき、また同じころにも似たようなお言葉を頂くことなどが続きました。
そこで、今日はそのような通常の日本語としての用いられ方と法律用語としての用いられ方が異なる(もしくは不正確に用いられ・または誤解されている)言葉について、少しお話ししようと思います。
1 用語1 「善意・悪意」
おそらく法律用語としての用いられ方と日常用語としての用いられかたで意味の異なる言葉の代表格といってもよいものがこの「善意・悪意」ではないでしょうか。
法律用語などといいながらも、ドラマや漫画などの影響で、「善意の第三者」などという言葉については聞いたことのある方も多いのではないでしょうか。
さてこの「善意・悪意」。
日常用語としてはそのままの意味で、「善意」とは物事や人に対する良い感情・好意、「悪意」とは物事や人に対する悪い感情などというものです。
他方、法律用語としては「善意」とはある物事を知らないこと、「悪意」とはある物事を知っていることを指し、そのある物事に対する好悪の感情などは全く含まれていません。
そのため、「善意であった」「悪意であった」ということは、法律用語としてみた場合、単にある物事を「知っていた」「知らなかった」ということを言っているにすぎず、それを批判するという意味はないということとなります。
ただ、一つ例外的な法律用語としての「悪意」があります。
それは、破産手続きにおける「悪意」です。
破産手続きにおいては非免責債権(破産免責が認められてもそれだけは免責されないという特殊な債権)として「破産者が悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権」というものが規定されています。※1
そして、ここでいう「悪意」とは、単に被害者に損害を与えることを知っていたという、通常の法律用語としての「悪意」ではなく、さらに進んで被害者に損害を与えることを目的として敢えて行ったというような意味であると考えられており、日常用語としての「悪意」あるいは「害意」などというものにかなり近いものといわれています。
2 用語2 「ないし(乃至)」
これも判決などを見ていればよく出てくる表現であります。
具体的な使用場面としては、例えば何かを列挙して「1ないし5」などというように用いられていることが多いものと思います。
さて、この「ないし」ですが、日常用語としては「または」というような意味で用いられている方が多いのではないでしょうか。
先ほどの例ですと「1ないし5」というものは「1または5(つまり1・5)」という意味です。
他方、法律用語として用いられる「ないし」は、そのほとんどが「から」という意味です。
先ほどの例ですと「1ないし5」は「1から5(つまり1・2・3・4・5)」という意味になります。
辞典などで確認しますと、日常用語としても「数量などの上下限を述べて間を省略する」という意味もあるようですので、日常用語としても「から」という用いられ方がされることもあるようですが、当職としては日常用語で「から」という意味で「ないし」を使用している方に遭ったことはありません。
3 用語3 「けだし」
これは司法試験受験生あるある、法曹あるあるの世界といってもよい用語で、一般のかたが日常用語として「けだし」という言葉を用いることはほとんどないものと思います。
他方、司法試験受験生・法曹であれば、「けだし」という言葉をそれこそ毎書面ごとの勢いで使用している(もしくは相手方の書面などで目にしている)ものと思います。
この「けだし」という言葉ですが、日常用語としては「考えてみるに」「思うに」もしくは「もしかすると」などの意味であるとされていますが、法律用語としてはそのような意味ではなく、「なぜなら」という意味で用いられていることがほとんどです。※2
何故法律用語として「けだし」が「なぜなら」というような意味で使われるようになったのかはわかりませんが、法律の勉強(特に司法試験の勉強)を始めると普通に見かける表現で、自然に使うようになっていました。
4 用語4 「被告(被告人)」
これは日常用語と法律用語の意味の違いというわけではないのですが、新聞などの日常用語で普通に誤用されているものです。
「被告」とは民事事件で訴えられた者、「被告人」とは刑事事件で起訴された者のことですが、一般の新聞やニュースなどでは刑事事件の「被告人」についても「被告」と呼称されています。
「被告人」を「被告」としたところで稼げる文字数はせいぜい一文字ですので、文字数節約のためとも思えませんし、なぜこのような誤用が一般化したのかはわかりません。
ただ、「被告人」のことを「被告」と呼ぶ一般の誤用のせいか、民事事件で「被告」と呼ばれることについてなにか悪いことをしているように責められているように感じ、憤慨される方がいるのは確かです。
5 用語5 「事件」
これも必ずしも法律用語というわけではないのですが、通常裁判所や法律化同士の会話では単純に「事案」、あるいは「今回のこの案件」というような意味で用いられているものであるのに対し、一般社会における意味合いとしては「他人の興味をひく、何かのトラブルとなっている出来事」というような意味で用いられています。
そのため、特に両当事者間に大きないさかいなどがなく、比較的円満に利益調整と話し合いで解決に至ったようなケースで、「これでこの事件も無事終わりましたね」などというと、「事件ですか!何か問題でもあったんですか?」と多少なりとも不満の色を浮かべて詰問されるということもあります。
もちろん、そのような場合でも「いや、法律用語としての『事件』というのはそのような意味ではありません。不用意に誤解を招く表現を用いて申し訳ない」と一言お詫びを言えば、たいていは理解をしてくれますし、それがきっかけで解決した(あるいは解決しかかっていた)案件が紛糾するということはほとんどないのですが、一般の方の誤解を招かない言葉を選ばなければならないということは、自省するところでした。
ひとまず、思いつくものをばらばらと挙げさせていただきましたが、法律用語(もしくは法律業界特有の言い回し)となっている表現は、まだまだたくさんありますので、少しずつ紹介させていただこうと思います。
〈弁護士 溝上宏司〉
※1 破産法第253条1項2号
※2 なお、この「思うに」という言葉も一般に多用される言葉ではなく、言ってみれば司法試験受験生あるあるだと思います。